第56章 秀吉の縁談
話の途中でいきなり腕を引かれて抱き寄せられると、すかさず柔らかい唇が重ねられる。
ーちゅっ ちゅっ ちゅうぅ
唇の形をなぞるように、上唇から下唇へと円を描くように、重ねた唇を滑らしていく。
最後にちゅうぅっと強く吸いついてから、ゆっくり唇が離されると信長様の唇の感触がいつまでも残り、一気に胸の鼓動が速くなった。
「っ…ふっ…あっ…ん…やっ、信長様…」
「…ふっ…愛らしい顔をしおって」
ニヤッと悪戯っぽく笑う信長様は余裕の表情だ。
私はいつも口付けだけでも蕩けてしまうのに……
「大名と娘は三日後に安土に来るそうだ。朱里、見合いの席には貴様も同席しろ」
「っ…はいっ!」
秀吉さんはいつも、信長様や私を優先して自分のことは後回しだ。私もこれまで何度も助けてもらっている。
だから、秀吉さんには幸せになってもらいたい。
(お相手の方、どんな方だろう…秀吉さんが気に入るような素敵な方だといいな。お見合いが上手くいくように、私も頑張ろうっ!)
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三日後
今日は秀吉さんのお見合いの日
広間には、上座に信長様、向かいに大名とその娘が座り、秀吉さんはいつもの位置に座っていた。
私は信長様の隣に控え、様子を見ていたのだけれど……
(秀吉さん…緊張してるのかな、表情が固いけど…)
「……遠路はるばるよう参った、大義である。面を上げよ」
信長様が、低く威厳たっぷりのよく通る声で言うと二人は頭を上げる。
(わっ、綺麗な人だな…秀吉さんより年下だって聞いてたけど、大人っぽく見えるなぁ…)
「信長様、本日はお目通りが叶い、恐悦至極に存じ上げます。
此度はこのような席を設けて頂き、ありがとうございます。
娘の桜でございます、よろしくお願い致します」
「桜と申します。信長様、奥方様にお目通りが叶い、嬉しゅうございます」
「桜姫、よう参られた。後程、秀吉に城下も案内させる。ゆるりと過ごされるがよい」
「ありがとうございますっ」
桜姫は嬉しそうに微笑みながら秀吉さんを熱っぽく見つめている。
秀吉さんはといえば…信長様の御前だというのに、落ち着かない様子で戸惑ったように目線を泳がせている。
(照れてるのかな…こんな秀吉さん見るの、初めて……)