第56章 秀吉の縁談
ある日の天主にて〜
広間での朝餉の後、天主に戻った信長様は、文机の前で書簡を読んでおられる。
無言で読み進め、時折、眉間に皺を寄せられる様子を、お茶を点てながらチラチラと見遣る。
(悪い知らせなのかしら…悩ましげなお顔をなさって…)
(憂いを帯びた表情も色っぽくて素敵……信長様はどんなお姿も格好いいな………って、だめだめ、信長様が真剣に悩んでらっしゃるかもしれないのに、私ったら…)
点て終わったお茶を出しながら、尋ねてみる。
「信長様、どうかなさいましたか?」
「……ん?」
「何だか悩ましげなお顔をなさってるので…悪い知らせですか?」
「ん?あぁ…」
ゴクリと茶をひと息に飲んでから、手にしていた文にもう一度目を落とす。
「……悩みという程のことではないのだがな……ふっ…秀吉に見合いの話が来た」
「………………えっ、えええぇ??お見合い?秀吉さんに、ですか??」
予想外の話に驚きを隠せない。
秀吉さんにお見合い話??
いつも実の兄のように私を見守ってくれている秀吉さん
皆に優しくて女性達にも絶大な人気のある秀吉さんだけど、そういえば特定の女人がいるとは聞いたことがなかった。
「相手は織田傘下の大名の娘だ。以前、安土に挨拶に来た際に秀吉を見初めたそうだ。彼奴もいつまでも一人という訳にもいくまい」
「ふふふっ…」
「………何だ?何か言いたそうだな?」
「っ…いえ…信長様も昔、母上様に同じように独り身を心配されておられたな、と思い出しちゃって…」
「っ…俺は彼奴の母親ではないぞ」
嫌そうに顔を顰める信長様が可愛くてニヤけてしまう。
普段は秀吉さんの方が母親のように信長様の世話を焼いているのに
、と少し可笑しい。
「あっ、でも…秀吉さんって、恋仲の女人はいないんですか?あれだけ女性に人気があって『人たらし』って言われてるぐらいだから、お相手には困ってないんじゃないですか??」
「俺の知る限りでは、彼奴に特定の相手はいないはずだ。
まぁ…閨の相手には不足しておらんだろうがな…くくっ」
「もうっ!ダメです、そんなこと言っちゃ…秀吉さんは真面目なんですからっ!女遊びするような人じゃありませんよ」
「………その言い方は聞き捨てならん。俺が不真面目みたいに聞こえるではないか」
「えっ…やっ…そんなこと言ってない…んっ、んんっ!」