第55章 初恋の代償
勢いよく駆け出した信長様の愛馬は、あっという間に城下へ出ると、そのまま風を切って走り抜ける。
信長様の馬にはよく一緒に乗せてもらうが、早駆けなどは初めてで、そのあまりの速さと馬上の揺れに心の臓が煩く音を立てていた。
(っ…速いっ…これ、気を抜いたら絶対落ちるっ…戦場での信長様はいつもこんな風に馬を駆られるのだろうか…)
私の身体に腕を回し、片手で手綱を握りながら真っ直ぐ前を見据えて馬を疾駆させる信長様は、男らしくて素敵で……こんな時だというのに私は見惚れてしまう。
ぎゅうっと抱きつく私の頭上で、ふっと優しく笑う気配がした。
やがて前方に、数十騎の馬の一団が見えてくる。
信長様は速度を落とすことなく一気に駆けると、見る見るうちに距離は縮まっていき、向こうの顔も見えるところまで、あっという間に辿り着いた。
「っ…高政っ!」
「……朱里っ!?なんで……」
驚きに目を見張りながらも馬から降りた高政は、真っ直ぐに私を見つめている。
信長様は私を馬から降ろすと、愛馬の頸をトントンと撫でてやりながら、ご自身は馬上のままで私達から少し距離を取られる。
(信長様………)
「っ…朱里っ…お前、なんで…」
「高政っ…ごめんっ…私っ…貴方の気持ちは嬉しかった…でも私、信長様が好きなの…この世で一番好き。だから……」
「……分かってるよ」
「っ………」
「会うと辛くなるから文を書いたんだけどなぁ…まったく、はっきり言いやがって」
「…ご、ごめん…」
慌てて高政の顔を見ると、苦笑いを浮かべつつもその表情は穏やかで、私が何度も見てきた優しい顔だった。
「いや…でも…やっぱり最後に会えてよかったよ…お前が信長様に大事にされてるのが分かって……安心した」
「高政……」
高政は、私の頭を優しい手つきで撫でる。
それは、子供の頃、泣いている私にしてくれたように、『大丈夫だよ』というかのような優しい優しい手つきだった。