第55章 初恋の代償
「…………っ…高政っ」
(もう安土を発って…?もう二度と会えないの??)
居ても立っても居られず、文を持って立ち上がった私は、どこへ向かえばいいかも分からぬまま部屋を飛び出した。
「姫様っ、どちらへ!?」
千代が止める声を背後に聞きながらも、私は立ち止まれなかった。
そのまま夢中で駆けて、城門の前まで来たところで………
「……どこへ行くつもりだ?」
感情の籠らない冷たい声に呼び止められて、ぎくりと身体が強張る。
「っ…あ…信長様…」
城門の前では、愛馬に跨った信長様が馬上から憂いを帯びた目で私をじっと見つめている。
信長様は、私が握りしめている文をチラリと見ると、
「………北条殿なら、先程、出立の挨拶に来た。今頃はもう、街道に出ておる頃だろうな」
「っ…」
(もう、間に合わない……?)
「………会いたいか?」
「……お別れを…直接会って言いたくて……高政は、私にとって大事な友人だから…」
俯く私を、信長様は馬上から暫く無言で見下ろしていたが、やがて大きく溜め息を吐くと……
「………朱里、乗れ」
「っ…えっ?」
慌てて顔を上げると、馬上から、私に向かって手を差し伸べる信長様の姿があって……そのお顔は少し不機嫌そうに歪められてはいたものの、怒ってはいらっしゃらないようだった。
「信長様…?」
「今ならまだ、早駆けすれば追い付けよう…早くしろっ」
「は、はいっ!」
差し伸べられた手を取った私を力強く馬上に引き上げた信長様は、すぐさま馬の腹を蹴って勢いよく駆けさせる。
「っ…きゃっ!」
予想外の速さで駆け出す馬に慌てる私の身体を、信長様は片手でぎゅっと抱き寄せると、耳元に唇を寄せる。
「…振り落とされぬよう、しっかり掴まっておれ」
その声はひどく優しかった。
「は、はいっ!」