第55章 初恋の代償
天主から逃げるように自室に戻った私は、身体から力が抜けたようにその場に崩れるようにして座り込んだ。
(怖かった…あんなに激しい信長様は初めてだった…)
信長様はいつも、限りなく優しく私に触れてくれる。
意地悪もされるが、それは私を甘やかす為の意地悪であり、最後はいつも蕩けるほどに甘い愛撫を与えられる。
本気で痛みを伴うような行為をされたことはなかった。
なのに……さっきはひどく乱暴だった。
あのまま無理矢理抱かれるかと思った。
「っくっ…」
歯を立てられた首筋がズキズキと痛み、思わず手で押さえると、その手触りに違和感を感じる。
鏡台の前に移動し、恐る恐る首筋を写して見ると………
「なっ…なに、これ?? っ…やだっ…」
白い首筋に、くっきりと付いた、歯の形。
痛々しいほど赤く鬱血し、ミミズ腫れのようになっている。
道理で痛むはずだ……こんなに酷くされたのは初めてだった。
しかもこんなに目立つ場所に……これだけ腫れていると、すぐに赤黒い痣のようになってしまい、そうすると一日や二日では容易に消えないだろう。
(ひどい………信長様っ……)
じわっと目頭が熱くなり、ぎゅっと目を瞑った拍子に涙が一粒零れ落ちる。
溢れ落ちた雫が着物の膝を濡らし、涙の滲みが広がっていくのを見ていると、抑えていた気持ちが限界に達してしまい、堰を切ったように涙が次から次に溢れてくる。
「っ…くっ…ふっ…うっうう〜」
信頼していた幼馴染に口づけを奪われたショック
信長様を裏切ってしまったという罪悪感
自分に向けられた、信長様の激しい怒りの感情
様々な感情が心を乱し、涙が止めどなく溢れる自分自身をどうすることもできず、私は只々なす術もなく、流れ出る涙で頬を濡らしていた。