第55章 初恋の代償
天主へと続く階段を昇る私の足取りは、この上なく重たく、一歩歩くごとに心が暗い沼地にズブズブと沈んでいくようだった。
重い足を運びながら漸く辿り着いて部屋へ入ると、信長様は文机の前で文を読んでおられ、私の方へは目も向けられない。
「……信長様?」
「………………………」
「…あの…今日はありがとうございました、城下に行かせていただいて……これ、茶屋の女将さんから…新作の菓子だそうです」
「……………………そこに置いておけ」
「………はい」
手元の文に視線を落としたまま、こちらを一切見ようとしない信長様。
常ならば、どんなに忙しくても、手を止めて話をして下さるのに、今日は私を完全に拒否するかのように、身体から冷たい拒絶の空気が漂っている。
(多分、このまま下がった方がいいのだろう……でも…)
高政とのことで心が不安定になっていた私は、信長様の傍で安心したかった。
「信長様…あの、お茶でもお淹れしましょうか?」
「………いらん」
「……信長様、あの…」
ダンッ!
信長様は、私の言葉を遮るように、持っていた文ごと文机に拳を叩きつける。予想外に大きな音が部屋の静寂を乱す。
「………貴様、一体どういうつもりだ?」
苛立ちの混じった低い声と冷たい目に、身体がビクンっと竦み上がる。
「あ、あの……?」
「男と二人きりで城下に行き、挙げ句の果てに…っ…口づけを…許すなどっ……貴様は、俺の妻だという自覚がないのかっ?」
「………えっ…あっ…なんで…」
(なんで信長様がご存知なの……)
「……………私を、見張っておられたのですか??どうして、そんなことっ……高政に城下を案内することは、信長様もお許し下さったじゃないですかっ?」
「っ………」
「黙って見張るなんて…ひどいです」
「くっ…ひどいのはどっちだ?俺以外の男に簡単に口づけさせるなど……許さんぞ。
自覚がないなら、今、この場でもう一度思い出させてやる……貴様が誰のものかをな」
「えっ…何?? っ…きゃっ!?」
いきなり強く腕を引かれ、乱暴に身体を床に押し付けられる。
身動きできないように、すぐさま信長様の身体が馬乗りになってくる。
強く押し付けられた背中に痛みが走る。
「っ…いやっ…信長様……」