第55章 初恋の代償
「っ…はぁ…はぁ…くっ…」
夢中で走って城まで戻り、自室へ飛び込んだ私は、その場にへたり込み、混乱する頭と整わない呼吸を持て余していた。
(っ…どうしよう…高政が私を…なんでこんなことに…)
子供の頃は、私も彼に淡い恋心を抱いていた。
一番身近な幼馴染み
いずれは彼のお嫁さんになるのだ、とあの頃の私は、漠然とそう思っていた………信長様に出逢うまでは。
信長様に出逢って、あの方を好きになって、私の世界は大きく変わった。
愛し愛される喜びを知って、結華という何にも代えがたい宝物を授けてもらった。
今の私にとって愛する人は信長様だけ。
信長様を愛してる
それは揺るぎない事実だというのに、こんなにも心が乱れてしまうのは何故なのだろう………
放心状態で床に座り込んだまま、どのぐらいの時が経ったのか…ふと自分の手元に何となく視線をやって、小さな風呂敷包みを握り締めていたことに気付く。
(あっ…お茶屋の女将さんから預かった、新作のお菓子…信長様に、って言われてたんだ……お渡ししないと…)
どんな顔をして会えばいいのだろう。
あんなことがあった後で、平気なふりをしていられるだろうか。
唇に指先でそっと触れる。
軽く触れるだけで、先程までの熱が再び燃え上がるような気がして、身体がピクリと震えてしまう。
口づけの感触がいまだ生々しく残っている唇を、手の甲でぐいッと拭って立ち上がると、私は、重い足取りのまま天主へと向かったのだった。