第55章 初恋の代償
「それにしても、安土の城下の賑わいは、他と比べものにならないぐらい素晴らしいな!」
昔を思い出してしんみりしてしまった空気を打ち消すように、高政が感嘆の声をあげる。
「信長様は、城下では誰でも自由に商売ができるようにしていらっしゃるから、安土には京や堺からも商人が移ってきて、異国からの珍しい品物もたくさん流通しているのよ。
関所や関銭もなくすようになさっているから、人や物の往来が自由になって、良いものがどんどん集まってきているみたい」
「なるほどな、皆、生き生きした顔をしているな。
……魔王と呼ばれる恐ろしい御方だと思っていたのだが、民達は随分と信長様を慕っているようだ」
「………信長様は本当はとてもお優しい方なの。城下へもよく下りられて皆の話を丁寧に聞かれるのよ。私のことも、よく城下へ連れていって下さるの」
「……………そうか」
賑わう通りを眺める高政の目は、人々の賑わいとは逆に何となく物哀しげな色をしていた。
ひと通り城下を見終えた私達は、茶屋で休憩することにした。
「奥方様、いらっしゃいませ!……今日は信長様とご一緒ではないのですね……お珍しい」
「女将さん、お久しぶりですっ!」
「ちょうど新しい菓子ができたところなんですよ。信長様にお土産に持って帰って下さいませ」
「わぁ!ありがとうございます!信長様、きっと喜んで下さいますよっ!」
お茶とお菓子を頂いて一息ついていると、隣でお茶を啜っていた高政が、ふぅっと一つ溜息を吐く。
「…………高政?」
「朱里は……信長様のことが本当に好きなんだな。信長様のことを話す時のお前の顔、すげぇキラキラしてる。
愉しそうで幸せそうで…眩しいぐらい、いい顔してる」
「っ…そ、そうかな?……急にどうしたの??」
「……………なんでもないよ」
急に褒められて困惑しつつ、高政の表情を窺うけれど………一瞬だけ哀しげに歪められたその顔は、すぐにいつもの暖かい微笑みを取り戻していた。
(安土へ来てからずっと思い詰めたような顔してる…何か言いたいけど言えない…そんな感じがする)
城へと帰る道を並んで歩きながらも、私達は互いに何となく話しかけづらく、無言で歩を進めていた。
(前にもこんなことあったな…あれは確か……高政が越後へ行くことを話してくれた日だったっけ……)