第55章 初恋の代償
「失礼致します、姫様。
あのっ、高政様が、姫様にお目通りを願っておられるそうなのですが……如何致しましょうか?」
自室で物想いに耽っていた私に、襖を開けて入ってきた千代が遠慮がちに告げる。
「高政が?千代、こちらにすぐにお通しして」
「っ…姫様、宜しいのですか?信長様の許可なく、自室で殿方とお会いになるなど……お叱りを受けませんか?」
「殿方って…千代ったら、高政は従兄妹よ?」
「そうですけど……」
(広間でのご対面の後、信長様はかなり機嫌が悪かった、と秀吉様がぼやいておられたのに…姫様はお分かりではないのかしら??)
不安と不満が入り混じった複雑な表情で出て行く千代を見送りながら、何となく緊張してきて、そわそわと落ち着かなくなってくる。
やがて廊下を静かに歩いてくる足音が聞こえてきて……千代が襖を開いたその先に、彼は少し緊張した面持ちで立っていた。
「高政……」
「朱里……っ…あっ、奥方様、なんだよな…もう…」
「ふふ…朱里、でいいよ、昔みたいに。武将の皆もそう呼ぶしね」
「そっか…でも…信長様はお前を大層ご寵愛なされてるようだったな……」
高政は少し寂しそうに、ぽつりと呟くように言う。
「………高政は、いつ越後から戻ったの?」
「三年ほど前かな…若殿が家督を継ぐことが内々に決まったと聞いて、謙信様に頼み込んだんだ。小田原へ帰らせてくれ、って。
信長様の天下布武が成されて、取り敢えず戦の懸念がなくなっただろ?俺の人質としての価値もなくなったし、今度は若殿をお支えして若殿の傍で北条のために生きたいと思ったんだ。
謙信様は、越後に残って上杉の家臣になれ、って熱心に引き留めて下さったけど……本当によく鍛えて下さったんだ、俺のこと」
懐かしむように遠い目をして語る姿を見て、人質としての越後での生活が、高政にとって苦のあるものでなかったことが垣間見え、心の内で安堵する。
「朱里は…信長様との間にもう御子もいるんだってな。
ふふ…お転婆だったお前が母上だなんて…信じられないよ」
「ふふ…失礼ね!これでも一応ちゃんとやってますよ。
高政は……?その…婚姻は……?」
「ん…まだ独りだ。周りからは急かされてるんだけどな……っ、俺は…お前が…」
「………え?」
「………っ…いや、何でもない…」
「……………」