第55章 初恋の代償
高政は、私の父方の従兄妹だった。
高政の父上は、私の父上の弟であり、且つ北条家の家老職を務めていた人だった。
信長様は対面の場で高政のことを、『北条家の御家老殿』と仰っていたから、高政もまた父の跡を継いだのだろう。
私と高政は幼い頃から常に一緒だった。歳も彼が一つ上なだけで、学問も武術の稽古もいつも一緒、どこに行くにも私は彼の後をついて回っていた。
私にとって高政は、腹違いの兄弟たちよりもずっとずっと近い存在だったのだ。
そして……彼は私の初恋の人でもあった。
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「高政ぁ〜、待ってよ〜」
「朱里、こっちだよ、早く早く!」
高政は私の手を取ると先に立って足早に歩き出す。
向かう先は城下の外れにあるというお花畑。
高政が見つけ、私に見せてくれると言って、秘かに私をお城から連れ出してくれたのだった。
「ほら、ここだよ、朱里!」
「っ…わぁーすごいっ!綺麗だねぇ……」
辺り一面に広がるのは、薄桃色のレンゲ畑だった。
私達は中に足を踏み入れて、夢中でレンゲの花を摘み始める。
「……はいっ、できたっ!朱里、どーぞっ!」
夢中で花を摘んでいた私の頭にぽんっと載せられたのは、見事なレンゲの花冠。
「っわぁ〜、ありがと!」
レンゲの花冠を頭に載せてクルッと回ってみせた私を、高政は満足気に微笑みながら見つめている。
その瞳に僅かに哀しみの色が含まれていたことに、その時の私は気づかなかった。
西の空に太陽が沈みかけた頃、私達は手を繋いで城へと続く道を歩く。私の手には、いっぱいのレンゲの花束。
他愛もない話をしながら隣を歩く高政の手は温かくて逞しかった。
やがて城門の前まで来ると、高政の足が突如歩みを止める。
振り向くと、思い詰めたように私の顔をじっと見つめる憂いを帯びた瞳と目が合った。
「……………高政??」
「…………朱里…俺……越後へ行くことになった」
「……………え?」
「北条が越後の上杉家と同盟を結んだことは知ってるだろ?俺はその同盟の証として越後へ行く……人質として」
「っ…人質……」
「心配すんな、人質って言っても牢屋に入れられる訳じゃない。上杉様は義に厚い御方だと聞く。俺のことも武将として鍛えてやると言って下さったそうだ」
高政は私を安心させるように、口の端を上げて笑ってみせる。