第55章 初恋の代償
「くくっ…これはまた…面白いことになってきたな」
「光秀、てめぇ、笑い事じゃねぇ…見ろ、御館様のあのお顔…」
(……ん??)
秀吉さんと光秀さんがヒソヒソと話すのが耳に入った私は、恐る恐る上座の信長様の方へ振り向くと……
その瞬間、寒々とした冷たい視線が私を射抜く。
「………北条家の御家老殿は、我が妻と随分とお親しいようだな」
冷たい視線と同じぐらいに冷たく凍りついた声が広間に響く。
「やっ…これは…ご無礼を致しました。朱里、あっ、いや、奥方様と私は従兄妹同士で幼馴染なのです。
子供の頃からの仲ゆえ、つい気安さから、とんだご無礼を……信長様、お許し下さい」
深々と首を垂れる高政と、上座でそれを冷たく見下ろす信長様の姿を交互に見ながら、私はさっと血の気が引く心地だった。
信長様は眉間に深く皺を寄せ、険しい表情を隠さない。
(信長様……怒ってる??)
「………朱里、こちらへ来い」
「は、はい…」
いつもと違う信長様の様子に戸惑いながら、慌てて上座へと戻り、信長様の隣に座ろうとした私の腕を、いきなり強く引き寄せる。
「っ…きゃっ!」
体勢を崩して倒れ込む私を、信長様は逞しい腕の中に閉じ込めて、躊躇うことなく首筋に唇を寄せた。
「あっ…っ…信長様っ…」
「御館様っ!」
「……………」
秀吉さんの咎めるような声と険しい顔、高政の呆然とした顔、光秀さんのニヤニヤ笑う顔、が視線の先に一辺に入ってきて、一気に羞恥心を煽られる。
「っ…やっ…信長様っ、離して…」
首筋にチュッと軽く口づけただけで、すぐに唇は離してくれたけれど、信長様は結局、高政が退出するまで、私を抱き寄せたまま離して下さらなかった。
(うっ…人前でこんな…恥ずかしかったのに…)
皆が退席して二人だけになった広間で、抱き竦められた腕の中から恨めし気な目で睨むと、信長様は無言で私から手を離し、チラリと冷めた視線を送るとそのまま広間を出て行ってしまわれた。
(………信長様…どうして……)