第55章 初恋の代償
翌日午後〜
秀吉さんら家臣達の見守る中、北条家からの使者と信長様との対面が行われている広間へと、私は足を進めていた。
これはあくまで、家督相続の報告の為の正式な対面なので、私は用件が終わった後で使者の方と会うことになっていた。
(……使者って誰だろ?私の知ってる家臣の人かな??)
弟が家督を継いで、それと同時に家臣達も代替わりしていると聞く。
正直言って、今の北条家のことはよく知らない。
この戦乱の世の婚姻では、嫁いでも実家の役になるように身を処するのが女子の務めだと一般的には言われている。
万が一、実家と嫁ぎ先が敵対し戦にでもなれば、女は実家に帰されるのが常だった。
だから嫁いでも実家との連絡は途切れないし、時には嫁ぎ先の大事を実家に知らせる、所謂『間諜』のような役目も担うのだ。
けれど……私は一度もそういうことはしてこなかったし、しなければ、とも思わなかった。
信長様と出逢って、恋をして、妻になって…この安土のお城が、信長様の隣が、私の居るべき場所になったから……
(私は…信長様の為に生きたい…この先もずっと…)
「失礼致します、信長様」
広間の入り口に着き、襖の前で声をかける。
襖越しに中からは楽しそうに談笑する秀吉さん達の声が聞こえてきていた。
「来たか、朱里。……入れ」
信長様の威厳のある低音の声を聞いて、ゆっくりと襖を開けて中に入ると、中央で平伏する男性の姿が見え、私はそれを確認してから上座の信長様の隣に腰を下ろした。
「北条殿、面を上げられよ」
信長様が鷹揚に声をかけられると、使者の男性はゆっくりと顔を上げて………
「っ…あっ…高政??」
「………朱里っ!」
久しぶりに見る懐かしい顔に、思わず我を忘れて…気が付けば、はしたなくも立ち上がり、上座を下りて、その男性の前へと駆け寄ってしまっていた。
「お使者って、高政だったの!?あぁ、懐かしい!何年ぶりかしら?」
「……朱里は変わらないな、あの頃と…」
目を細め、眩しそうに私を見つめてくる姿に、何だか急に大人の男性を意識してしまってドキッとした、次の瞬間………
「っ…あ〜、コホンっ、朱里?ちょっと落ち着こうか?」
秀吉さんが何故か少し青ざめた顔で私を見ている。
その隣では光秀さんが、堪えられない、といった風に顔を歪ませて今にも吹き出しそうな様子を見せていた。