第54章 記憶
その日の夜
夕方に現れた男達は捕らえられたあと、城の牢屋に投獄されたという。
そのことに安堵しつつも、私は一つの疑問を胸に天主を訪れていた。
(私を弓矢から守って下さった後の信長様のご様子……少しおかしかった。それに……あの時、信長様、私の名前を………)
「……信長様、失礼致します」
「………………入れ」
そっと襖を開けて中へ入ると、信長様は今宵も廻縁に出て月を見ながら盃を傾けておられた。
今宵は満月らしく、蒼白い月の光が煌々と辺りを照らしている。
幻想的な月の光を浴びながら夜空を見上げる、信長様の美しいお顔に見惚れていると、
「いつまでそこに突っ立ってる、早くこちらへ来い」
少し苛立ったような口調に、慌ててお傍に行き、信長様の隣に腰を下ろすと、
「………………膝を貸せ」
返事をする間もなく、ゴロンと横になると、私の膝の上になんの躊躇いもなく頭を乗せてくる。
「っ…あっ………」
これまでに何度もしてきた膝枕だが、信長様が記憶を失くされてからは求められることがなく、久しぶりだった。
無防備に頭を預ける姿が、可愛くて、愛おしくて…その柔らかな黒髪をそっと撫でる。
暫くそのまま、目を閉じて、されるがままになっていた信長様は、やがてゆっくりと目蓋を持ちあげて、
「………朱里、貴様の手は心地好いな」
ニッと口角を上げて微笑む。
「っ…あのっ、信長様、もしかして…私のこと………」
「ああ、思い出した……全てな」
「本当ですかっ!あぁ…よかった……っ…でも、どうして??いつ??全て思い出されたのですか?私のことも結華のことも??」
思いがけず急な話に思考が追いつかず、矢継ぎ早に質問を重ねてしまう。
「ふっ…少し落ち着け。城下で矢を射られただろう、刀で矢を斬り落として貴様を助けた……あの折に記憶が戻ったのだ。その時は断片的だったが……今は全て元どおり戻っておる」
「っ…そんな……どうしてその場で教えて下さらなかったんですか!?私、貴方の記憶がこのままずっと戻らないんじゃないか、って不安で…心配でっ……うっ…」
心の中でずっと抑えてきたものが、タガが外れたように崩れていき、ゆっくりと視界が涙でぼやけていく。
驚きと喜びが混ざり合って、今の気持ちをうまく言葉に出来なかった。すると、信長様の指先が、涙を掬うように私の目尻をなぞる。