第54章 記憶
振り下ろされる刃を頭上で受けた信長様は、私を背に庇い、一歩も引かない。
相手はかなりの腕力の持ち主らしく、力任せに撃ち込まれる斬撃は、刀同士がぶつかり合う鈍い音で衝撃の強さを物語っている。
(信長様っ…)
往来で突然始まった斬り合いを、町の人達は恐る恐る遠巻きに窺っている。女性や子供達の姿もある。
「朱里、大丈夫か?っ…御館様っ!」
激しい撃ち合いになす術もなく立ち尽くしていた私を、駆けつけた秀吉さんが隣に引き寄せ庇ってくれる。
「っ…秀吉さんっ…信長様が…」
「大丈夫だ、心配ない」
きっぱりと言い切った秀吉さんの言葉どおり、数度の撃ち合いの後、信長様の一撃は男の刀を弾き飛ばし、男は地面に崩れ落ちた。
秀吉さんの指示で、家臣の方が男を捕らえて縄をかける。
「信長様っ…この人は…?」
「先の一向宗との戦で捕らえた、敵兵の仲間だ。安土へ潜伏していると、先程の軍議の最中に報せが入った」
「そうでしたか………」
「しかし……妙だな」
「え………?」
「御館様、報せでは、敵は二人で行動を共にしている、とありましたが……この男は一人のようですね」
「秀吉さんっ、それって……」
その時、視界の端で、通りの路地から何者かが動くのが見えた。
(ん………? 今、誰か動いたような……)
「………………っ!」
気配を感じた方へ視線を向けると、そこには、こちらへ向かって弓を構える男がいて………
「信長様っ!」
「っ………」
私は咄嗟に秀吉さんの腕を振り払って、信長様の前へと飛び出していた。
「朱里っ!」
秀吉さんの叫ぶ声が遠くに聞こえ、男が弓を引き絞るのが静止画のようにゆっくりと見えた、その時……強い力で身体を後ろに引き寄せられる。
その瞬間、弓矢が風を切る音と共に、すぐさま傍らで刀を抜く音が聞こえた。
(っ、弓矢を………!)
鈍い金属音が響き、信長様が振るった刀が弓矢を叩き落とす。
「秀吉、直ちにあの男を捕らえろ」
「はっ!」
(っ…よかった…)
「……………」
「あのっ、信長様…?」
信長様は刀を握り締め、地面に落ちた弓矢をじっと見つめたまま、ひと言も発せられない。
眉間に深い皺を寄せ、何事かを思案するような、ただならぬ様子が心配で…
「あの…どこかお怪我を……?」
「いや、怪我はない。
………朱里、城へ戻るぞ」