第54章 記憶
またある日ーー
私達は南蛮寺にやって来ていた。
南蛮寺は、祝言を挙げたあの日から、時折、信長様と一緒に訪れていて、思い出も沢山ある場所だった。
オルガンの美しい音色が、記憶を呼び起こすきっかけになればいいな、と期待していた。
「信長様、朱里様、ようこそいらっしゃいました!」
「オルガンティノ、久しいな。この安土での布教も順調だと聞いている」
「はい、信長様のおかげで、ここにも多くの方が祈りを捧げに来てくれています。ありがとうございます。
………大坂へ城移りされるそうですね…寂しくなります」
オルガンティノ神父は至極残念そうに言われる。
「京や堺の教会にもまた顔を出す。困り事があれば、これまでどおり何でも申すがよい」
「ありがとうございます!」
信者の方に混じって神父様のお話を伺った後、オルガンの美しく澄んだ音色の演奏を聴く。
(あぁ…いつ聴いても素敵…心が洗われるようだわ…)
隣に座る信長様の様子を見ると、目を閉じてじっと聴き入っておられる。その表情はとても穏やかだった。
やがて演奏が終わり、ゆっくりと目蓋を持ち上げた信長様は、ふぅーっと大きな溜め息を吐かれる。
「信長様……………何か思い出されましたか?」
「………………いや。美しい音色だったが…それだけだ。特に何も思い出すことはない」
(うっ…やっぱりこれもダメかぁ…上手くいかないな。……っ、でもっ、今日はまだあるんだからっ…)
「………信長様、戻りましょうか」
「?あぁ?」
二人連れ立って礼拝堂の入り口まで行き、扉を開けると……そこには信者の方々がずらっと居並んでいた。
「??っ…!?」
一瞬、驚いたように足を止めた信長様に向かって、無数の花びらが頭上へと投げられる。
色とりどりの花びらの雨が、ひらひらと舞い落ちてゆく。
「っ…これは…?」
「祝言の時に、このようにして皆に祝福してもらったのです。今日は、信者の方にお願いして再現してもらいました。
あのっ…何か思い出されることはありませんか?」
「………………いや。これは異国の風習か?初めて見るものだが、なかなかに興味深い」
「………そうですか…」
「………………」
(これもダメだった……驚いてもらえれば、何かいい刺激になるかと思ったんだけど。記憶を取り戻すのって…なんて難しいんだろう)