第54章 記憶
花冠を頭に載せてご機嫌な結華は、花を摘んだり蝶を追いかけたりと、久しぶりの外の世界を満喫している。
その様子を見守りながらも、信長は自分の身にこのような穏やかな時間が訪れていることに戸惑いを隠せなかった。
(身内と距離を置き、大望の為には犠牲を払うことも厭わなかった俺に、守るべき家族がいるとは……)
「信長様、そろそろ昼餉にしましょう」
声を掛けられて、結華とともに木陰に行くと、重箱に詰められた彩りの良い料理が所狭しと並べられていた。
「………随分と張り切ったものだな、貴様が作ったのか?」
「はい、政宗に色々と教わりましたから」
「………………………」
(これは………)
「?どうかなさいました?」
重箱の中の料理を凝視したまま黙ってしまった俺を、気遣わしげに見つめてくる。
「………俺の好物ばかりだな」
焼き味噌のおにぎり 茄子のしぎ焼き キジ肉の焼きもの 栗の甘露煮 など
特に好きなのが、味噌にすりおろした生姜と刻んだネギを入れて焼き上げた焼き味噌で、その香ばしくて濃い味は、握り飯にも湯漬けにも合う。
(好物の話など、した記憶がないが…)
「たくさん召し上がって下さいね」
ニコニコと微笑みながら、料理を取り分けてくれる姿は自然で…過去の記憶は蘇ってはこないが、長い間こうした時間を共に過ごしてきたのだと思わせてくれるものだった。
「……………美味いな」
「ふふ…よかったです。食後には、これもありますよ。
秀吉さんにお願いして、ちょっと多めに用意してもらいました!」
そう言いながら、傍らの包みを開いてみせてくれる、その横から結華が覗き込んで歓声を上げる。
「わぁ!金平糖だぁ〜!」
キラキラと目を輝かせながら金平糖を貰っている結華の姿を、口の端を緩めて微笑ましく見ていると………………
「………つっ…」
急にこめかみの辺りがズキンっと痛み、思わず頭を押さえる。
(子供の無垢な笑顔と金平糖……こんな光景をどこかで見たような……くっ…)
深く記憶を辿ろうとすると頭痛が酷くなり、ガンガンと殴られているような痛みが襲ってくる。
仕方なく考えるのを諦めて呼吸を整えることにした。
「信長様っ!?大丈夫ですかっ??」
「父上っ!」
心配そうに二人が手を差し伸べるのを制して、一つ大きく息を吐いてから顔を上げる。