第54章 記憶
信長様の唇が、舌が、私の指先を余すところなく愛撫してゆく。
(ん…気持ちいい…指先をこんなに丁寧に愛されるの、初めて…)
信長様はいつも私のことをすごく大事に愛して下さっていたけれど、いつもと違う今宵の触れ方に胸がドキドキと高鳴ってしまう。
「っ…ふっ…あっんんんっ!……っ」
高い喘ぎが溢れてしまい、慌てて空いている左手で口元を押さえる私に、指先を咥えたままでチラッと視線をやると、信長様は仕上げのようにチュッと音を立てて唇を離した。
「…あっ……」
高まってきた快感を急に止められて、放心したように身体の力を抜く私を満足げに見やる信長様は余裕の表情だ。
「くくっ…貴様はそんな顔もするのだな」
「っ…」
(うぅ…早く信長様の記憶を取り戻さないとっ……私の身体が保たないかも…!?)
またある日ーー
「ちちうえ〜、早く早くっ!」
今日は、結華も一緒に三人で城下に来ている。三人でよく来ていた、あのお花畑に行ってみるのだ。
結華が産まれる前から何度も行った場所だから、見れば何かを思い出されるかもしれない、と信長様を誘ってみたら予想外に興味を示された。
信長様が記憶を失われてから、初めて親子三人で出かけるということで、結華はとても嬉しそうだ。
目的の場所に着いてすぐ、信長様の手を引いて花を摘み始めている。
「ははうえ〜、見て見て!これ、綺麗でしょう?」
指差すところを見ると、結華の頭の上に、色とりどりの花で編まれた見事な花冠がちょこんと載っている。
「父上が作ってくれたの!」
「えっ?……えええぇっ〜!?」
(信長様が!?嘘でしょ??)
ちまちまと小さな花を編む信長様を想像してしまい、思わず息を呑む私に、悪戯っぽい笑みを向ける信長様。
「………意外な特技をお持ちだったんですね」
「ふっ…子供の頃に、お市にせがまれてよく作ってやった。
何十年も前のことだが、覚えているものだな」
(お市様とそんな思い出があったなんて……可愛いかっただろうな、小さい頃の信長様とお市様)
思わぬところで信長様の過去の微笑ましい話を聞いてしまい、ほわほわした心地になり、自然と表情が緩んでしまっていた。
「………貴様、顔が崩れてるぞ」
ジロっと睨みながら、額をツンっと小突かれる。
そんな少し乱暴な仕草も、何だかとても新鮮で…心が騒いで仕方がなかった。