第53章 業炎
怪訝そうな顔を隠さずに言う家康に、信長様は眉を顰める。
「冗談ではない。俺はこのような者は知らぬ。俺の預かり知らぬ者どもが、何故、この場におるのか、と聞いている」
感情の一切を感じさせない冷たく凍った紅い瞳が、咎めるように私と結華を見下ろしている。
こんなに冷たい目をした信長様を見たことがなくて、うるさく騒ぐ心の臓が喉元まで迫り上がってきたかのように息苦しく、声も発することができないでいた。
(っ…何が…何が、起こってるの……)
「……母上…?」
か細い小さな声に、ハッとなって隣を見ると、不安を露わにした泣きそうな顔でこちらを窺う結華の姿が目に入る。
その小さな手の上にそっと重ねた私自身の手も、抑えようがないほど震えていた。
「お、御館様っ、それよりもこのまま軍議を始めましょう!
家康、留守の間の報告をしてくれ。
朱里たちは、悪いが下がってくれ…後でちゃんと説明する」
秀吉さんが、信長様の冷たい視線を遮るように割って入ってくれるのを呆然と見つめながら、千々に乱れる心のまま、結華の手を引いて逃げるように広間を後にした。
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なぜ どうして なぜ
さっきから頭に浮かぶのはそればかりで、思考が堂々巡りしている。
広間から逃げるように自室に戻り、放心したようにその場に座り込んだ私は、千代に結華を任せて、答えの出ない問いを頭の中で繰り返していた。
信長様の冷たい視線とよそよそしい態度が頭から離れない。
考えるだけで胸が苦しくなってくる。
その時、襖の向こうから遠慮がちに潜めた声がかかる。
「…朱里、俺だ。入ってもいいか?」
(秀吉さんだ!)「っ…はいっ…どうぞ」
「秀吉さんっ!」
「ごめんな、朱里。遅くなった……結華は?」
秀吉さんは部屋の中を見回しながら入ってきて、そのまま私の前に座りながら問う。
「ん…千代が見てくれてる。私…どうしていいか分からなくて…」
「そうか…さっきは悪かったな…驚いただろ?」
「あっ、あのっ…秀吉さん…信長様は…どうなさったの?一体、何があったの??」
「朱里…落ち着いて聞いてくれ。御館様は………」