第53章 業炎
秀吉から金平糖を配られて、キラキラと輝く笑顔を見せ、歓声を上げる子らの姿を見て、重く沈んでいた心の内がようやく少し軽くなったような気がした。
(子らの純真な笑顔はやはり美しい。この子らの笑顔がいつまでも続くような平らかな世にせねばな…)
ーーー が、束の間の穏やかな時間は、唐突に破られる。
「…っ…敵襲っ、敵襲ーっ」
急を告げる叫び声が、長く拡がる軍勢の隊列を乱し、ざわざわと混乱が波及していく。
後方では弓矢や鉄砲を撃ちかける音が響いている。
馬上から素早く周囲に注意を払っていると、武装した兵が眼前に現れる。
「…信長ぁー、覚悟っ!」
振り下ろされる刃を、頭上に刀をかざして受け止める。
キンッという高い金属音が耳に響くなか、合わさった刀を力任せに薙ぎ払い、体勢を崩した相手の胴を一閃する。
派手に飛び散る血飛沫に、民や子供らの悲鳴が重なる。
「っ…御館様っ!」
「秀吉、光秀っ、民たちを守れ!一人も死なせるでないぞ」
「「御意っ!」」
(浅井、朝倉の残党か…数は多くはない。俺の首だけ狙っているのだろう)
四方八方から次々に襲いかかってくる刃を受け流しながら、冷静に状況を見る。
その間にも頭上を飛び交う弓矢を刀で斬り落としながら、片手で手綱を繰って、次々と敵を地に斬り伏せていく。
秀吉と光秀も民たちを守りつつ、奮戦している。
突然の急襲に一時は浮き足だった織田軍も、すぐに軍勢を立て直し、あっという間に敵を追い詰めている。
味方の状況を確認すべく辺りを見回した、その時だった。
最後の足掻きとばかりに、残った敵が一斉に弓矢を撃ちかけてくる。
それは民たちのいる辺りにまで放たれていて……恐怖に歪む子供の顔が目線の先に入った、その次の瞬間、俺は既に手綱を引いて動いていた。
(っ…)
間一髪のところで矢を斬り落として、子供を馬上に引き上げるが、駆け抜けざま別の矢が掠ったらしく、愛馬は高く嘶いて竿立ちになる。
(っ…くっ…しまった…支えきれんっ)
「「御館様っ!」」
(くっ…落ちるっ…)
子供を抱いたままの片手では興奮した馬を抑え切れず、身体がふわりと宙に浮く感覚に、思わず、腕の中の子を包み込むように強く抱き締めて身体を丸める。
次の瞬間、頭と身体に強い衝撃を受けた俺は、一瞬だけ痛みを感じた後、深く暗い闇の中へと堕ちていった。