第53章 業炎
一向一揆の制圧のため、越前の地へ入り、はや三日、織田軍は次々に一揆勢の拠点を落とし、浅井、朝倉の旧臣らが本拠地とする城の攻略にあたっていた。
圧倒的な兵力を誇る織田軍は、城の周囲をびっしりと取り囲んでおり、その光景はまさに蟻が這い出る隙もないといったところで、落城は時間の問題であった。
「ふっ…他愛もない…籠城など時間の無駄だ。一気に片付けるぞ。
秀吉、城に火をかけよ」
「はっ…しかし…城内には一向宗の女子供もまだ残っておるようですが…その者達まで…?」
「投降する者は助け、刃向かう者は容赦せぬ。大人しく降伏するならば女子供にも手出しはせぬ。
火をかける前に、そのように呼びかけよ」
「はっ!畏まりました」
微かにほっとしたような表情を見せたあと足早に本陣を出ていく秀吉を見送りながら、床几に腰を降ろす。
ここに至るまで数か所で一揆勢との小競り合いを制してきた。
中には女や年端もいかぬ子供までが武器をとって向かってくる。
俺への怨みなのか、信仰の力ゆえなのか、皆が熱に浮かされたように念仏を唱えながら倒れた味方をも足蹴にして向かってくる様は、さながら地獄絵図のようだった。
信仰とは時に怖ろしい。
世間では、俺を『神も仏も信じぬ』無神論者の如く言うが、俺とて別に神や仏を蔑ろにしているつもりはない。
皆に安らぎを与え、精神の拠りどころとなるような信仰ならば問題はない。
仏像やら何やら形あるものばかりを尊び、そうせねばバチが当たるなどとふざけたことを言う者には同意しかねるが、純粋に神や仏の教えを説き、政に口を挟まぬ者に対しては、寄進も惜しまぬし、庇護もしてやる。
だが…『進めば極楽、退けば地獄』などと言って、無辜の民百姓を戦に駆り立て、死をも恐れぬ死兵に仕立て上げる者どもには、激しい嫌悪感を覚える。
織田の兵を一人でも多く殺せば極楽へ逝けるなどと、仏の道を説くべき僧が言うことであろうか。
そのような者は、もはや俺が庇護すべき対象ではない。
俺は、俺が守るべき者たち…領民、家臣…愛しい者たち…それら全てを守るために刃を振るうのだ。