第52章 追憶〜光秀編
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「っ…御館様っ!」
「光秀っ、よく耐えたな。大事ないか?」
「はっ!…っ…御館様っ!そのお怪我は……」
周囲を取り囲む本願寺勢を蹴散らし、砦に入城した御館様を見て、俺は思わず息が止まるのではないかと思うほど驚愕した。
御館様は足を庇うようにぎこちなく歩きながら、休む間もなく周りの家臣達に指示を出しておられる。
その太腿の辺りの甲冑の隙間から、止まることなく血がじわじわと滲んでいるのが見えて、鼓動が煩く、嫌な音を立てる。
「その傷っ…鉄砲、ですか?」
「ああ…本願寺に味方する雑賀衆のなかに、かなり腕の立つ者がおるようだな。遠方からでも正確に狙ってきおったわ」
「くっ…すぐに手当てを…」
「大事ない…間に合ってよかった。よく砦を守り抜いたな、光秀」
「っ…御館様っ…」
「…貴様を死なせるわけにはいかん。俺の大事な左腕だから、な」
ニヤッと口の端を上げて微笑まれる。
傷を負われていてもなお力強いその笑みに、心がグッと惹きつけられて、死を意識して弱気になりかけていた己の心はまた奮い立つようだった。
僅かな兵で敵陣の囲みを突破するなど…しかも大将が先頭に立って戦うなど…傷を、負われるなど…何という無茶を…やはりこの御方は無茶苦茶だ。
御館様が足軽達に混じって先頭で戦われたお陰で織田軍の士気は大いに上がり、一時は顕如のいる本願寺の本拠地に迫るまで勢いを盛り返し、多くの敵を討ち取った。
御館様はおそらくそれも計算に入れた上で、危険を顧みず自ら前線に立たれたのだろう。
この御方はいつもそうだ。
大望の為ならば、己の身を危険に晒すことも厭わない。家臣を救う為に自らが傷を負っても平気な顔をなさる。
頼もしい主君だが……時に危うい。
俺がお守りせねば………
この御方が傷付かぬように。
日ノ本をひとつにし、争いのない『大きな国』をつくるために。
俺はこの御方の闇となろう。
日の当たる表舞台に立つ必要はない。
御館様の右腕、皆を優しく見守る太陽のようなあの男が、光となって御館様をお支えするだろうから。
光と闇
右腕と左腕
どちらが欠けても御館様をお守りできない。
だから……俺はこんなところで死ねない。
御館様とともに、御館様の大望を…俺の…我らの…理想とする世をつくる為に、泥に塗れ血に濡れようとも…ただ前だけ向いて進むのだ。