第52章 追憶〜光秀編
カラッ カラカラッ カラッ
地球儀が回る乾いた音に、ハッと意識が浮上し、いつの間にやら俯いていた顔を上げると、細く長い指で地球儀を弄びながら、こちらをじっと見つめていた御館様と目が合う。
「っ…ご無礼を、御館様…」
慌てて平伏する俺の頭上から、ふふっとゆったり笑う声が聞こえてくる。
「…いや、貴様にしては珍しいな…心配事でもあるのか?
…そう言えば何か報告があったのではないのか?」
そうだ、俺としたことが…何をやっているのだ…
「はっ…越前へ放っておりました間諜より急ぎの報告がございました……かの地で不穏な動きあり、一揆が起きそうだ、と…」
「…越前…一向宗か…?本願寺とは和睦しておるが…?」
怪訝な表情で眉を顰める御館様。
本願寺とは数年前に和睦が成り、法主である顕如は紀州に退去し、武器を捨て仏の道を説く日々だという。
それにより、御館様に刃向かう各地の一向一揆も収束していた。
紀州にも間諜を放ち、常に監視の目を光らせているが、顕如に目立った動きはない。
「おそらく、顕如の指示ではありますまい。先日の、御館様が石山の地に城移りなさると公に宣言されたことに反発する門徒達の単独での動きかと。
……かの地は、一向宗門徒達にとっては格別に思い入れのある地のようですから……」
「ふっ…俺への私怨による一揆か…愚かなことを…」
「越前は一向宗が多い土地柄。また、門徒達を煽動する者がおるようで……どうやら浅井、朝倉の残党どもが背後で動いておるようです」
「亡霊どもがいまだ怨みの呪縛から解き放たれず、世の静謐を乱すか……悪い芽は早めに摘んでおくに越したことはない。
一揆が各地に広がる前に、徹底的に叩かねばならん。
奴らが俺に怨みがあるというのなら、俺が自ら撃って出てやろう。
光秀、もう少し情報を集めよ」
「はっ!」
やはり御館様は此度も自ら出陣なさるおつもりか…
確かに御館様が出陣なされれば、兵達の士気も揚がり、各地に散らばる一向宗への見せしめにもなるだろう。
だが此度の戦は、浅井、朝倉、一向宗……御館様を酷く怨む相手との戦。
負ければ後がない相手は、死に物狂いで向かってくる。
油断は出来ない。
御館様に傷ひとつ付けさせる訳にはいかない。
更なる情報を集めるよう間諜に指示を出す為、信長の御前を辞した光秀は、急ぎ足で天主を後にした。