第50章 花惑い
庫裏の外に出ると、外はすっかり暗くなっており、東の空には月が姿を見せていた。
目隠しを取ってやると、泣き腫らし赤くなった双眸が弱々しく俺を見つめるのが痛々しくて、胸がツキッと痛む。
「っ…ちちうえっ…」
「よう頑張った、偉かったな」
結華を胸に抱き、馬を駆けさせて城へと戻る。
秀吉らに後始末を任せて城内へと足を向けると、報せを受けて出迎えに出ていた乳母達が、結華の姿を見て駆け寄ってくる。
「あぁ、姫様っ!ようご無事で…さぁさぁこちらへ…」
乳母が手を差し伸べるが、結華は俺に抱きついたまま、イヤイヤというように首をぶんぶん振って、俺の胸に顔を埋める。
「まぁ…姫様…」
「よい、このまま天主に連れて行く。夕餉もそちらに運ばせよ。
……朱里はどうしている?まだ熱は下がらぬか?」
「薬湯を飲まれて休まれています。お熱はまだ少し…」
「ん…ではまた後ほど見舞う」
朱里のことも心配だったが、今は結華の傍についていてやりたい。
「結華、母上はまだお熱があるようだから、ゆっくり休ませて差し上げよう。また明日、見舞いに行くとよい。
案ずるな、今宵は、父がずっと一緒にいてやる」
「はい…父上」
「……ようやく眠ったか…」
すうすうと規則正しい寝息を立てて眠る身体に、掛け布を掛け直してやりながら、その穏やかな寝顔を見守る。
天主で共に夕餉をとった後、久しぶりに一緒に湯浴みをして、二人で一つの褥に入るまでの間に、結華はポツリポツリと一人で城下へ下りた訳を話してくれた。
母への見舞いに花を摘みたかったこと
母の笑顔が見たかったこと
早く元気になって遊んでほしいと思ったこと……
寂しかったのだろう
兄弟もおらず、大人ばかりの城内では、自然と遊び相手は母親になる。
だが、織田の嫡女として日々、様々な教育を受けねばならない為に、純粋に子供らしく母と遊ぶという時間も限られているのだ。
不満を口にしたり、駄々を捏ねたりするような子ではない。
聡明な子ゆえ、周りの目を意識してこれまで色々と我慢をしていたのかもしれない。
子らには、出自や身分に左右されない生き方を、誰もが自由に生きられる世の中をと、そう思ってきた。
だが…この世に産まれ出て、まだ僅か五年しか経っていない子にすら我慢をさせていたかと思うと……不甲斐なくて、胸が痛かった。