第50章 花惑い
障子から射す、ほの白い朝の光を感じ、重い目蓋をゆっくりと持ち上げる。
昨日まで感じていた身体の重怠さは、一晩明けるとすっかりなくなっていて、恐る恐る身体を起こしてみるが、頭痛もなく頭もすっきりしている。
(あぁ、熱も下がったようだわ…よかった…)
昨日は、昼過ぎから熱のせいで頭も体もぼんやりとしてしまい、薬湯を飲んだ後、朝までぐっすり眠ってしまっていたのだった。
千代が薬湯を持ってきてくれた時、何か城内が慌ただしく落ち着かない様子であったのが気にかかる。
『何かあったのではないか?』……そう感じ、不安に思いつつも、弱った体はそれ以上何も出来ず、ただ眠りに落ちてしまったのだった。
(結華にも、遊んでやれず寂しい思いをさせてしまった…)
部屋を出ていく時の寂しそうな顔が頭を過ぎる。
織田家の姫、信長様のたった一人の御子として恥ずかしくないように立派に育てなくてはと思うあまり、私はあの子に無理をさせているのかもしれない。
もっと子供らしく甘えさせてやればよかった。
「……朱里、起きているか?入るぞ」
褥の上で起き上がったまま、物想いに耽っていると、襖の向こうから気遣うような優しい声が聞こえてくる。
「信長様、おはようございます」
声をかけると、信長様の後ろからぴょこんと首だけ覗かせて、こちらを窺う愛らしい我が子の姿に目を細める。
「結華、おはよう!こっちにいらっしゃい」
「母上…お熱、下がった?元気になった?」
「ええ、もう大丈夫みたい。昨日は一人にしてしまってごめんね」
信長様に促されて部屋に入ってきた結華は、後ろ手に持っていたものをパッと差し出す。
それは……
「まぁ!この花、今年ももう咲いてるの?綺麗ねぇ……結華が摘んできてくれたの?」
それは城下の外れにある花畑でこの時期になると咲く、白い可憐な花だった。
毎年、三人で見に行くのを楽しみにしていて、私はこの花が大好きだった。
「今朝、早起きして父上と一緒に摘んできたよ」
「こんなにたくさん、大変だったでしょう?ありがとう」
小さな手が差し出してくれる花束を受け取って、愛しい我が子を腕の中に抱き竦める。
暖かくて柔らかいその身体を抱き締めていると、心がほわほわと満ち足りてきて……今、この瞬間が一番幸せなのだと、そう思わずにはいられなかった。