第50章 花惑い
馬を駆り、城門を出て、城下へと進む頃には、陽が傾き、西の空が茜色に染まりつつあった。
そのまま一気に馬を飛ばし、城下の外れまでやって来ると、目の前に白い花々が辺り一面に広がる光景が見えてくる。
白い花々はそこら辺り一帯に群生しているようで、そこ彼処で咲き乱れている。
風に乗って届く甘く優雅な花の香りが、鼻腔をくすぐる。
朱里はこの白い可憐な花が好きだった。
毎年、二人で、結華が産まれてからは三人で、この季節になると、この花を見に来ていた。
近くまで行き、馬を降りると、白い花が辺り一面に広がるなかに、一つの違和感を感じてその場に足を進めると、一箇所そこだけ踏み荒らされたような跡があった。
複数の人の足跡
無惨に踏み荒らされ、折れて、地に散らばる花
傍らには、人の手で束ねられたような痕跡のある花の束が乱雑に放り出されていた。
「御館様、これは…」
秀吉は、荒らされた花々を険しい顔で見遣りながら、地面に残された足跡を調べている。
光秀も眉間に皺を寄せ、険しい表情を隠さない。
「…まだ新しいな…光秀、この辺り一帯を調べよ。廃寺、廃屋、その他、人が隠れられそうなところ、全てだ。
日が暮れるまでに見つけ出せ、いいな」
「はっ!」
ただの金目当ての人攫いか、それとも結華を織田の姫、信長の娘と知っての狼藉か……
結華が今日、城下に出たのは偶然だから、これは綿密な計画に基づいたものではないのだろう。
日暮れが迫っているとはいえ、明るい内から幼子を連れ歩くのは人目につく。
何処ぞに身を隠し、夜陰に紛れて安土を出るか……
俺の娘と知っての拐かしなら、何らかの接触をしてくるはずだ。
何の確証もなかったが、何故だか、まだこの近くにいるような気がしていた。
結華……無事でいてくれ
父が必ず助け出してやる