第50章 花惑い
朱里の部屋から出てきた信長のそばに、すぐさま秀吉が駆け寄ってきて、膝をつく。
「…御館様、如何でしたか?」
「秀吉か…やはり朱里の部屋にもいないようだな。何か分かったことは?」
「はっ、城内くまなくお探ししておりますが、いまだお姿は見当たらず…くっ…申し訳ございません」
「城下はどうだ?」
「今、光秀が探索に出ております。もう間もなく戻るかと…しかし、お一人で城下へなど…」
自室にいたはずの結華の姿が見えぬ、と乳母や侍女達が騒ぎ出したのは、昼を過ぎて暫くした頃だった。
城内の至るところを探したが見当たらないという。
朱里の部屋にいるのではないか、と様子を見に行ったが、結華の姿はなく、朱里も知らぬ様子だった。
このようなことは初めてだった。
子供の頃から破天荒だった俺とは違い、結華は天真爛漫な性格ではあるが、皆が困るようなことはしない娘だった。
(まだ五歳の幼子のこと、行動範囲も限られていると思うが、城内をこれほど探しても見当たらぬとなると、一人で城下へ出たと考えるのが妥当か……)
城下へは、俺や朱里と共に下りることも多く、知らぬところではないが……幼い子供が一人でどこへ行くというのか…
「御館様…」
様々に思案している俺に、遠慮がちな声がかけられて、ハッと我に帰る。
顔を上げると、憂いを帯びた表情の光秀がそばに控えており、俺と目が合うとさっと首を垂れる。
「…光秀か…どうであった?」
「はっ、恐れながら申し上げます。本日昼過ぎに城下にて結華様らしき童のお姿を見た、という者が見つかりました。
その者の話では、城下の外れの方へ向かって歩いておられたようです。引き続き、忍びの者に周囲を探させておりますが、城下外では物盗りや人攫いも出る故……或いは…」
「まもなく日が暮れる。暗くなると厄介だな…秀吉、馬を引け。俺も城下へ出る。貴様らも供をせよ」
「「はっ!」」
城下の外れ…確かその辺りに、朱里と結華を連れて何度か行ったことのある花畑があったはず……今時分は春の花が咲き出している頃だろうか……
結華はあの場所が特に好きだったが…
まさか一人でそのようなところに?
明確な答えが得られぬまま、足は既に厩に向かって駆けていた。
何故かは分からぬが、結華が泣いているような気がして、何かに急かされるように先を急いだ。