第50章 花惑い
熱のせいでウトウトと微睡んでいたようで、ふと目が覚めると、外はもう日が陰りかけていた。
障子の向こうから茜色の陽射しが射してきている。
(…どのぐらい眠っていたのだろう…もう夕方近いのかしら…?)
熱はまだ下がりきっていないようで、頭が痛い。
「…朱里、入るぞ」
襖の向こうから突然声がかけられ、信長様が入ってこられる。
「…信長様っ」
慌てて起き上がろうとする私を制し、褥の横に腰を下ろした信長様は、部屋の中をチラッと見渡した後、私の額に手を当てる。
ひんやりと冷たい手のひらが心地良い
「…熱があると聞いた。まだ少し熱いな…」
「すみません…やっぱり風邪引いちゃいました…」
「ふっ…まぁよい…この機会にゆっくり休め。後で薬師に薬湯を用意させる。家康がおればよかったのだがな。
……ところで…結華はおらんのか?」
「えっ?結華ですか?風邪が感染るといけないから、自分の部屋にいるように、と言っておいたのですけど……いないのですか?」
「っ…いや、そう、か…では後で自室の方へ行ってみよう。貴様は気にせず、ゆっくり休んでおれ」
「………は、い」
何だろう…いつもの信長様らしくなく、何か歯切れが悪い感じする。
しかし、それ以上は聞けない雰囲気も感じてしまい、黙っていると、信長様は他愛ない話をいくつかした後、徐に立ち上がり『また来る』と言って退室していかれた。
感じた違和感の訳を探ろうとするが、熱のせいで上手く頭が回らない私は、再び褥に身体を預けるとまたすぐ、微睡みの中に落ちていったのだった。