第50章 花惑い
「っ…くしゅんっ!」
やっぱり風邪を引いてしまったみたいだ。
朝は何ともなかったのに、昼を過ぎた今、何となく身体が重怠くなってきている。
時折、くしゃみや咳も出ていて寒気も感じる。
朝方降っていた雪は、やはり積もることはなく、暫くすると止み、今は晴れ間が見えている。
(あぁ…子供みたいに雪を見に外に出ていたなんて言ったら、千代に叱られちゃうな…)
天主から空を見上げると、空が近くに感じられて、それがとても好きなのだ。
(新しいお城の天主からは、どんな空が見られるだろうか…)
「っ…くしゅんっ!ゴホッ ゴホッ」
「母上?どうしたの?」
いつの間にか部屋へと来ていた結華が、私の顔を心配そうに覗き込んでいる。
「ちょっと風邪引いちゃったみたい…感染るといけないから、結華は自分のお部屋で遊んでいてね」
「……母上と一緒にいちゃいけないの?」
いつになく不安そうな目で見つめてくる姿を見て、少し心が痛む。
まだ五歳の幼さながら、織田家の姫として日々、色々な教育を受けさせている。
信長様のただ一人の御子としての周囲の期待も大きく、母と子でゆっくり過ごす時間をもっと持ちたいとは思うが、なかなか思うようにはいかない。
信長様によく似た愛らしい容姿と、幼いながらも聡明さを見せる様子に、家臣達の期待も否応なく高まっている。
加えて、今後嫡子が産まれねば、この子に婿を選ばねばならない。本当は、そんなこと関係なく好きな人と結ばれて欲しいと思うのだけれど…
「ごめんね、結華。元気になったら一緒に遊びましょうね」
「………はい」
しょんぼりして出て行く結華を見送りながら、申し訳なさで胸がチクリと痛んだ。
熱が上がってきたのだろうか、身体の節々が痛くて堪らなくなってきた私は、今日はこのまま褥で休んでいよう、と自室の寝所へと足を向けた。