第50章 花惑い
摂津石山の地に新たに作られる『大坂城』
まだ築城途中であり、今すぐに城移りする訳ではないという。
けれど…慣れ親しんだ安土の城、城下の人々と離れなくてはならないのはやはり寂しくて不安で…心の整理が追い付いていなかった。
城移りの話を聞いてからは、何かにつけて『あとどれぐらい安土にいられるのか』と考えてしまって、何となく前向きな気持ちになれなかった。
「朱里、かの地は堺にも近い。異国の珍しきものも間近に見られるであろう。俺はいずれ日ノ本のことが落ち着いたら、海の向こうの国々を見るためにこの国を出てみたいのだ」
「……海の向こうの国々…」
キラキラと輝く紅色の瞳は、遠い異国の国々を間近に見ているように、好奇心に溢れ、無垢な子供のように輝いている。
(信長様は本当に、新しきものの話をすると子供のように無邪気な顔をなさる。可愛くて…愛しい御方)
「……朱里、貴様も共についてきてくれるか?」
希望に溢れたキラキラと輝く瞳は、ほんの少しの不安に揺れるように私をじっと見つめている。
「っ…はいっ!貴方となら何処へでも一緒に参ります!私も共に新しきものを見とうございますからっ」
貴方と一緒なら、何処へでも行ける
海の向こうの見知らぬ土地へも、貴方が共に来て下さるなら、きっと何も怖くない
それがどんな場所でも、貴方の隣が私の居場所なのだと…今は、心からそう思える
信長様は口元を緩めて微笑みながら、私を抱く腕に力を入れて、より強く抱き締めた。
その力強く逞しい胸に再び顔を埋める。
この満ち足りた時間が永遠に続くようにと願いながら………
障子越しに朝のうっすらと白く柔らかな光が差し込んでいる。
夜明けの澄んだ空気を肌に感じながら、私は再び目を閉じて、信長様のぬくもりをその身に感じようと、そっと身を委ねていった。