第49章 追憶〜秀吉編
彼奴は本当に昔から変わらん。
真面目で一本気で融通の効かぬところはあるが、情に厚く、細やかな気遣いができる。
秀吉に初めて出会った日のことは、よく覚えている。
無謀にも単身で俺に斬りかかってきた盗賊まがいの男。
俺を襲うなど無謀極まりなく、一太刀でいなしてやったが、その太刀筋はなかなか見所があり、このまま斬り捨てるのは惜しいと思った。
だが……あの時の彼奴には生きる気力がまるで感じられなかった。
自ら命を断つ訳でもなければ、みっともなく命乞いをしてでも生きたい、という訳でもない。
身分の差、貧富の差、生まれながらに定められた生き方……そういったくだらぬものに振り回されて絶望する多くの人々を、俺は見てきた。
『身分のない世をつくる』
人が人として己の思うままに生き、誰もが生きる喜びを感じられるような世の中にする……それが俺の目指すところだった。
この男のように理不尽に虐げられる者がいない世を俺は必ずつくってみせる。
それから暫く経ったあと、城内で偶然、彼奴の姿を見かけた。
聞けば人づてに織田家へ仕官したのだという。
出会った時は死んだような目をしていた男は、いつの間にか俺の傍近くに仕えるようになり、俺にとっても無くてはならない存在になっていた。
裏切り、謀叛が横行するこの乱世において、秀吉だけは俺を裏切ることはないだろう、となぜか無条件に信じられる男だ。
まるで母親のように俺の世話を焼きたがるのには閉口するが……
「………信長様?」
少し心配そうに問いかける朱里の声で、はっと我に帰る。
(あぁ…昔のことを考えるなど…俺らしくないな)
「……では、そろそろ戻るとするか…ふっ、この続きは今宵また閨でな」
「っ……!!」
朱に染まった顔を両手で押さえる愛らしい姿に満足した俺は、口元に笑みをこぼしながら朱里の部屋を出た。