第49章 追憶〜秀吉編
天下布武のため、己の身を削るようにして戦に明け暮れておられた御館様だが、朱里と出会ってからは傍目にも分かる程に変わられた。
あの日、北条家との同盟の為に出向いた小田原で出会った姫
『安土に連れて帰る』と仰った時には心底驚いてお止めした。
女に執着心を見せる御館様など初めてだった。
それまではお傍に女を侍らすこともなく、男の欲を解消するためだけの一夜限りのお相手ばかりだったから……朱里のことも単なるお戯れで、すぐに飽きてしまわれるだろうと思っていた。
くるくると愛らしく表情を変え、誰に対しても表裏のない態度で接する朱里に、安土の武将達も家臣や侍女達も皆、いつの間にか惹きつけられていたが……御館様の溺愛ぶりは予想以上だった。
夜毎、無数につけられる朱里の首筋の紅い華
激しい独占欲を晒す所有の証
見ているこちらが赤面する程、男としての欲を露わにされる御館様に、口では叱言を言いつつも、人間臭さを見せられるお姿を内心では嬉しく思っていた。
戦と政務に明け暮れる日々に訪れた、朱里との穏やかな時間は、御館様により良い変化をもたらし、守るべき者を得た御館様は以前よりずっとお強くなられたと思う。
色々な困難や試練を乗り越えてお二人が夫婦になられた日には、俺はもう、その日一日中涙が止まらなかった。
光秀には『まるで母親のようだな』と揶揄われたが、本当にそんな感極まる想いだったのだ。
俺にとっても、守るべき大切な存在が増えた。
(いまだに人目を気にせず城内のあちらこちらでイチャイチャされるのは考えものだが……いや、城下でもか…)
御子が産まれても二人の仲睦まじさは変わらず、御館様は相変わらず家臣や侍女達の前であっても、堂々と朱里を愛でられる。
そんな二人の様子を微笑ましく思いつつも、やはり俺は、『城主の威厳が損なわれる』などと、御館様に叱言を言わずにはいられないのだった。