第49章 追憶〜秀吉編
………………御館様に出会ったのは、そんな時だった。
金が底をついて、追い剥ぎまがいの行為をせざるを得なくなった俺が、たまたま最初に襲おうとしたのが、御館様だった。
深い森の中を供も付けずに一人、馬を歩ませる御館様は、傍目には隙だらけに見えた。
………が、錆びた刀で斬りかかった俺を、御館様は馬上から一太刀であっさりと地面に転がしたのだった。
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『あーあ、しくじっちまった。まあいい。とっとと殺しやがれ』
『俺が手を下すまでもないだろう。貴様は、すでに目が死んでいる』
『あ……?何だと?』
『貴様の太刀筋は粗削りだが、悪くない。ただの浪人とは思えんが……どこぞの武家にでも仕えていたのか?』
『だったらどうした。昔のことだ。俺みてえな卑しい身分の出の男を雇う主君なんて、どのみちいねえ』
『……とんだ阿呆だな、貴様は。猿並みだ』
『何だと!?』
『先人が勝手に決めた身分など、何の根拠も価値もない。廃すべき、くだらん過去の遺物だ。そのようなものに囚われているのは、愚の骨頂だ。俺はそのような無意味なものには従わぬし、いずれ廃してみせる。そもそも…貴様の主は貴様自身だろう』
『……!?』
俺はその時、頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
身分など無意味…そんなことを言う人間に初めて会った。
いずれ廃してみせる、などと…自信たっぷりに言う、この人は一体何なのだ??
(この方の下でなら、出自や身分などに左右されずに、己の力だけで道を切り拓いていけるかもしれない…)
あの日から俺は、御館様の『身分のない世を作る』という大望を叶える為にこの身を捧げることも厭わない覚悟でお仕えしてきた。
御館様は、大望を叶える為なら自らの手を数多の血で汚し、己が傷ついても平気な顔をして笑っているようなお方だ。
戦場でも先陣をきられ、家臣を守る為に自ら矢面に立つような真似もなさる。
鬼だ、魔王だ、と、恐れられながらも、本当は誰よりも家臣を大事になさる、心の優しきお方なのだ。
御館様をお守りしたい
御館様の目指す世を共に作っていきたい
この方の為なら、何の躊躇いもなく死ねる。
御館様は、生きる気力を失っていた俺に、この命尽きる時までお傍にいたい、と思わせてくれた、ただ一人の人なのだ。