第49章 追憶〜秀吉編
「御館様〜どちらにいらっしゃいますか??」
まったく…一体どこに行かれたのか…
キョロキョロと辺りを見回しながら廊下を歩く秀吉の表情は、困惑を極めていた。
地方を治める大名達から日々上がってくる報告書は数多く、それら全てに御館様の決裁がいる。
その他にも朝廷や公家達との調整、訴訟の仲裁や工事の差配、果ては家臣の縁組の相談まで、御館様の仕事は休みがない。
今日も朝から大量の報告書を処理しておられたのだが、書庫へ資料を取りに行く為に席を外した隙に、お姿が見えなくなったのだった。
「まったく…勝手な行動はお慎みください、と日々申し上げているというのに…」
織田家に表立って敵対する国もなくなり、小さな一揆や小競り合い程度はあるものの戦の懸念はなくなった。
とはいえ、天下を平穏に保ち、民達の豊かな生活を守る、という御館様の高い御志の為に、日々やらねばならぬことは多い。
休みなく精力的に動かれる御館様のお姿には、頭が下がる思いではあるが、時折、勝手に居なくなられるのは正直困る。
(まぁ、御館様が行かれるところといえば、朱里のところぐらいなんだけどな)
御館様は随分と変わられた。
初めて御館様と出会ったあの日は、俺にとって生涯忘れられぬ大切な日だ。
俺は元々、武士の出ではなく、父母は尾張の百姓だった。
足軽として戦に出た親父は、戦で負った怪我がもとで亡くなった。母が再婚した相手はろくでもない男で、俺とは折り合いが悪くて上手くいかず、結局、俺は生家を飛び出して行商人として各地を転々としながら、その日暮らしをするようになった。
武家の屋敷に奉公したこともあったが、長くは続かなかった。
その家に盗人が入り、俺は即座に疑われたのだ……出自も分からぬ卑しい身分の者だという、ただそれだけの理由だった。
俺は『要領がいい』と屋敷の主人に気に入られていたから、妬みもあったのかもしれない。
能力よりも、生まれや身分で判断される、頑張っても認めてもらえない…そんな世の中がほとほと嫌になって、俺は結局、奉公先も飛び出した。
そんな事情で奉公先を飛び出した俺を雇ってくれるところはなく、何をやっても上手くいかなくなった。
食うにも困り、ついには追い剥ぎにまで身を落とすことになった俺は、先行きに希望もなく、生きることにも投げやりになっていた。