第48章 満たされぬ心
「はい、母上、あ〜ん」
言われるままに口を開けると、小さな指が一粒の金平糖を摘み、口に入れてくれる。
ほんのりと金平糖の優しい甘さが口の中に広がる。
「ふふ…結華も、あ〜ん、して」
口の中に一粒入れてやると、見る見るうちに顔が綻び、可愛い笑顔が溢れる。
「あま〜い!美味しいね、母上」
二人して顔を見合わせて笑い合う。
(あぁ…幸せだな…こんな他愛ない時間が一番幸せ。この子の母になれて…本当によかった)
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「信長様、今日は結華の手習いを見て下さったそうですね。父上に褒めてもらった、と大層喜んでおりましたよ。ありがとうございます」
その夜、天主で寝支度をしながら信長様に昼間のお礼を言う。
「なかなか上手く書けていたな。元々の素養があるのか、結華は上達が早いな」
「ふふ、そうですね。あっ、金平糖もありがとうございました。あんなに沢山、秀吉さんがよく許してくれましたね」
「くくっ…あやつは結華に甘いのだ。俺からは取り上げるくせに、な」
不満げに少し口を尖らせる姿が子供みたいで可愛い。
「貴様も食べたか?最近疲れておるだろう?甘味は疲れを癒してくれるからな」
「信長様…わざわざ私を気遣って下さったのですね、ありがとうございます」
やっぱり信長様は優しい。いつも私のことを案じてくれている。
私も…今日は信長様に自分の気持ちを伝えなくては…
「………信長様、あの…私、お話しなければならないことがあるのです」
居住まいを正して、そう言うと、信長様もまた、じっと私の瞳を見据え、続きを促すように真っ直ぐに見てくる。
「先日、御家老方から私に、願い出がありました……信長様に側室を薦めてほしい、一刻も早くお世継ぎを、と……」
「………それで?貴様はどうしたいのだ?」
信長様の感情の見えない冷たい目に、一瞬怯んでしまう。
こんなに冷たい声音の信長様は久しぶりで……怒っておられるのだろうか、と少し怖くなる。
「っ…あの…」
「別に怒っているわけではない。俺はただ、貴様の気持ちが知りたいだけだ」