第48章 満たされぬ心
「っ…私は…貴方を他の人に取られたくない。貴方が私以外の人と閨を共にされるなんてイヤです。側室なんて…迎えて欲しくない。
でも……私はこの先、貴方にお世継ぎを産んであげられないかもしれない。
だったら…貴方の子を産める女人を側室に迎えるべきなのではと…」
「……貴様は、子のためなら俺が他の女を抱いても平気なのか?」
「っ…平気なわけないっ!でもっ…皆がお世継ぎを望んでる気持ちも分かるから……」
信長様は悲しげに目を細め、深い溜め息を吐くと、そのまま暫く黙ったままだった。
長い長い沈黙の後、信長様は、はっきりと私に告げる。
「朱里、俺は貴様以外の女を抱く気はない。子も、貴様が産む子以外は望まん」
「でもっ…それでは織田家は…」
「今後、男子が産まれなければ、織田家は結華に婿を取って継がせればよい。天下のことは、織田家の世襲である必要はない。俺の子でなくても能力のある者が、皆の意見をまとめ、話し合いによって、より良い政を行っていけばよい。戦がなくなった今、今後はそのようなやり方で天下を治めていくべきだと俺は常々考えていたのだ」
「そのようなことを…」
「皆にはすぐには理解しがたいであろうし、納得せぬ者もおるだろうが、俺はこの考えを変えるつもりはない」
「信長様…」
険しい顔つきをふっと緩めると、
「子は可愛い。自分の血を分けた子がこんなにも愛おしい存在だとは、結華が産まれなければ分からなかったことだ。
朱里、結華を産んでくれたこと、感謝している。
貴様との子なら何人でも欲しいとは思うが…今、俺は結華ひとりでも充分幸せだぞ」
「っ…私も…結華の母になれて幸せです」
私はいつの間に忘れてしまっていたのだろう。
あの日、産まれたばかりの結華をこの腕に抱いた時の、あの満ち足りた気持ちを。何にも替え難いほどの幸福感を。
「家のことや天下のこと、そんな難しいことを貴様は考えずともよい。
貴様はただ俺に愛されていろ。
一生、俺が守ってやる。
それに…俺はまだ貴様に満足していないゆえ、他の女を抱く余裕はないわ」
「ええっ…あっ…んんっ!」
ニヤリと口の端を上げて笑む顔が、あっという間に目の前に近づいてきて…唇を深く重ねられていた。