第48章 満たされぬ心
「あんた、一人で頑張り過ぎ。夫婦なんだから、もっと信長様に甘えてもいいんじゃないの?」
「…でも…私、信長様に何もしてあげれてないよ。信長様の優しさに甘えてばっかりで…お世継ぎだって産んであげられない…」
「…あんたは織田家の跡継ぎが欲しいの?それとも、信長様の子が欲しいの?」
「っ…それは…。家康、私…分からなくなっちゃった……」
結華が産まれる前、信長様は『男でも女でもいい』と言って下さって、私もただ信長様の子を産める幸せで満ち足りていた。
産まれた子が姫だと聞いても、落胆などしなかったし、信長様も喜んで下さった。
いつからだろう…周りの声が気になりだしたのは……
結華が信長様にそっくりで聡明だ、男子であったらよかったのに、と秘かに言われているのを聞いてしまってからだろうか。
やっぱり皆、お世継ぎを望んでいるのだ、姫じゃダメだったんだ、早く次の御子を、男子を産まなくちゃ、といつしかそればかり考えるようになってしまっていた。
信長様との交わりでも、快楽に溺れつつも頭の片隅では子のことばかり考えてしまう。
『今宵は子を宿せるだろうか』と……
信長様はそんな私の心の内に気付いておられるかもしれない…お優しいから何も仰らないけれど。
「朱里、信長様とちゃんと話し合いな。言いたいこと全部言って、聞きたいことも全部聞いて…信長様は全部受け止めてくれるから。
あの人はそういう人だから………」
「家康…」
家康は、来月の結華の誕生日までは安土にいるから、と言って自分の御殿へと帰って行った。政宗も同じく、暫く安土にいてくれるらしい。
(皆に心配かけちゃって…ダメだな…)
「母上?」
いつの間にか手習いの稽古から戻っていたらしい結華が、傍で覗き込んでいるのに気がついて、慌てて顔を上げて微笑んでみせる。
「結華、お帰り。手習いは上手くできた?」
「はいっ!今日は父上と秀吉も見てくれました!ご褒美に、ってこれ、貰ったよ!」
そう言いながら、小さな手のひらを広げて見せてくれたそれは…
「こ、金平糖??」
懐紙に包まれた、色とりどりの金平糖。そこには、結華が食べるには多過ぎる量が包まれていた。
「こんなに沢山?」
(よく秀吉さんが許してくれたな…)
「父上が、母上と一緒に食べなさい、って。だから母上、一緒に食べよ?」