第48章 満たされぬ心
「……朱里、いる?俺だけど…入るよ?」
深い思案の海に沈んでいた私を現実に引き戻すように、懐かしい声が襖の向こうからかけられる。
「っ…家康っ!」
「体調どう?……結華は?いないの?」
「ん、今は手習いの時間なの。体調は、今は大丈夫だよ」
「そう、ならいいけど……これ、あんたに渡そうと思って」
渡されたのは、薬包が沢山入った袋だった。
「……これは?」
「血の巡りを良くする漢方薬。俺が調合したんだ。これ、これから毎日飲んで。飲み続けてたら、血の巡りが良くなって、体質が改善される。月の障りの期間の不快な症状も軽くなってくるはずだから……子も授かりやすくなると思う」
「…っ……家康…」
「なくなりそうな頃にまた、駿府から送ってあげるから……ちゃんと毎日飲みなよ」
「…ありがとう…でも、どうして?」
「……信長様から相談された」
「信長様から?」
「…あんたの体調が良くない、子が出来ずに悩んでる、って…あの人が俺に相談してくるなんて初めてだよ。あんた、ほんとにあの人に愛されてる」
「っ……」
「朱里…悩んでること、不安なことは口に出して言いなよ。あの人はあんたを丸ごと受け止めてくれる。反対に、隠し事を嫌う人だから…一人で抱え込んでるのはよくないよ」
「……うん、ありがとう。家康は信長様のこと、よく分かってるんだね」
「………まぁ、長い付き合いだから…仕方なく、だけど」
素っ気ない口調とは裏腹に、家康の表情は柔らかい。
「結華、ちょっと会わない間に大きくなったよね。信長様にそっくりでびっくりした」
「ふふ…秀吉さんがメロメロなんだよね。過保護が過ぎるって、信長様が呆れてるぐらい。信長様も大概、結華には甘いんだけどね」
「………朱里、あんたも、もっと信長様に甘えたら?」
「えっ?」
「結華が産まれてから、ずっと頑張り過ぎだよ。良い母親、良い妻に、ってずっと頑張っててさ…信長様の負担にならないように、っていつも思ってるでしょ?」
「………………」
家康の瞳は、私の心の奥の奥まで見透かすかのように、じっと私を捉えて離さない。