第48章 満たされぬ心
「母上、ただいま〜!」
満面の笑みを浮かべて走り寄ってくる結華をぎゅっと抱き締める。
我知らず強く力を入れていたのだろうか、腕の中で窮屈そうに身動ぐ結華。
「うぅ…んっ…母上?苦しいです…」
戸惑うような結華の声に、慌てて身体を離す。
「っ…あ…ごめんなさい…お帰り」
「朱里、戻ったぞ……どうかしたか?顔色が悪いな」
結華の後に続いて部屋に入ってきた信長様は、私の様子に目ざとく気付いて声をかけてくれる。
いつもは嬉しいそんな気遣いも、今日は胸が痛くて苦しい。
「お帰りなさいませ。今日は私もゆっくりさせていただきました。顔色悪いですか??さっきまでお昼寝してて…寝起きだからかしら…ふふふ」
「………そうか?大事ないならいいが…」
少し探るような信長様の視線を避けるように背を向け、結華の方へ行こうとすると、
「……朱里」
「えっ?あっ…」
後ろから腕を引かれ、よろめいたところを抱き竦められる。
ふわりと伽羅の香の香りに包まれる。
私を安心させてくれる、信長様の香り
「ゃ…信長様、だめ…結華が…」
「構わん…少しだけ、このままで」
信長様に触れられたところから、じんわりと熱が広がっていく。
血の気が引いて冷たくなっていた身体が、徐々に暖まっていく気がして、乱れていた心も少し落ち着いてきた。
「信長さま…」
信長様の暖かくて大きな手が、私の頬を優しく包む。
慈愛に満ちた優しげな眼差しが、私の心までも捉える。
(このままずっと、この暖かな腕の中にいたい…)
「ああ〜母上っ、ずる〜いっ!父上っ、結華も、ぎゅーして?」
「っ…ふっ…」
「ふっ…ふふふ」
二人して顔を見合わせて笑い合う。
「結華、来いっ!」
駆け寄ってきた結華を胸のうちに引き入れて、私ごと、ぎゅっと強く抱き締める信長様。
その力強い腕の中で全てを委ねていると、抑えていた悲しみが少しずつ癒されていくようで…涙が滲みそうになる目元を信長様に見られないように、その胸にそっと顔を埋めた。