第48章 満たされぬ心
「父上〜、見て見て!あっちにお団子屋さんがあるよ…あっ、あっちにはお面が売ってる〜!」
城下の正月の市は、今年も多くの店が開いており、京や堺の珍しい品物や菓子などが店先に所狭しと並べられている。
幼い結華には誘惑が多すぎるようで、先程からあっちの店、こっちの店、とキョロキョロと見回しては、今にも手を離して飛び出して行かんばかりの勢いだ。
「くくっ…結華、少し落ち着け。何の為に城下へ来たか、忘れた訳ではあるまいな?」
「はいっ!父上、あの……母上への贈り物を選び終わったら…お団子、食べてもいい?」
「くくっ…構わんぞ。好きなだけ買ってやる」
この月の十二日は、朱里の誕生日だった。
昨日の宴の席で、結華は、『母上への誕生日の贈り物を選びたいから、城下へ連れて行ってほしい。母上には内緒で』と言い、俺はそれを二つ返事で了承したのだった。
「贈り物は何にするか、決まっているのか?」
「う〜ん、まだです…父上は?」
「俺か?俺の贈り物は……秘密だ」
「ええぇ〜??なんで?ずるいっ!教えて下さいっ!」
「くくっ…当日までのお楽しみだ」
『父上、ずるい』と言いながら、ぷぅっと頬を膨らませて拗ねる愛らしい姿に、目を細める。
(こういうところは朱里に似ているな…クルクルと表情を変えて、見ていて飽きない。しっかりしているようでもまだ四歳の幼子だな)
ふと気がつけば、周りの視線をやたらと感じるのは、今日は結華が一緒だからか…
「結華姫様を見られるとは、正月早々、運がいい」
「見ろ、あの愛らしいお顔、信長様にそっくりじゃ」
「利発そうな姫様よ、ご成長が楽しみじゃのう」
結華を抱き上げて皆に見えるようにしてやると、『おぉ』と、どよめきと拍手が起こる。
結華は民たちの好意はよく分かっていないようだが、抱き上げられて目線が高くなったことで嬉しそうにしている。
「父上!」
「ん?」
「大好きっ!」
ぎゅっと首に抱きつかれて、そう言われると、くすぐったいような、懐がふわぁっと浮き上がるような、不思議な感覚に襲われる。
(これが幸せというものか…心が満ち足りて暖かい…)