第48章 満たされぬ心
膝の上に座り、何か言いたそうに、チラチラと俺の顔を窺う、結華に優しい声音で問うてやる。
「如何した?何かあるのか?」
「……父上、あのね…」
小さな唇に耳を寄せると、囁かれる愛らしいお願い。
「ふっ…承知した」
「……母上には内緒、だよ?」
「無論だ、父に任せろ」
上座で行われる父と娘の秘密の約束
その様子を見る家臣達は、
「なんと…絵になるのぅ…御館様と結華様は本当によく似ておられるわ」
「結華様の可愛らしさは、日ノ本一じゃ。四歳であれだけお可愛らしいのだ、大きくなられたら、どれほど美しくなられるやら…」
「既に、『息子の嫁に』と言ってきている大名もおるそうではないか…御館様がお許しになるはずはないと思うが…」
「可愛らしいだけでなく、聡明でもあられるそうだ。読み書きも、もうお出来になるようだぞ」
思い思いの噂話に花が咲く。
肩まで伸びた艶やかな黒髪に、俺と同じ紅色の瞳
ぽってりと柔らかそうな唇は、朱里によく似ている
結華の可愛らしさは、天下人の一人娘ということもあってか、既に安土内外に広まっているようだ。
「しかし…御子が結華様お一人というのはなぁ…いくらご聡明でも女子はお世継ぎにはなれぬ」
「……奥方様には悪いが、ご側室をお勧めした方がよいのではないか?」
ひそひそと囁かれる、心ない噂話。
側室を、早く世継ぎを、という声は、ここ数年、家老達を中心に頻繁に挙がっており、おそらく朱里の耳にも入っているだろう。
結華は来月には、もう五歳になる
産後も朱里を変わらず愛でていたから、子などすぐに何人でも出来るものと思っていたが…意外にも二人目はなかなか出来ず、朱里は口には出さぬがそれを気に病み、俺に側室を勧める声にも心を痛めているようだった。
(俺は別に産まれぬのなら、子は結華一人で充分なのだがな…)
子を孕ませるために朱里を抱くのではない
子のためだけに朱里以外の女を抱くなど、考えたくもない
男子が産まれねば、結華に婿を取って跡目を継がせればよい、とも思う
(それならば結華を嫁に出さずに済む…いや、待て…結華を他の男にやるのも…やはり許せんな…)
この時、俺自身はこの問題をさほど重くは感じていなかったのだが、俺が思う以上に朱里を苦しめることになるとは……この時の俺は想像すらしていなかったのだ。