第45章 追憶〜家康編
その日から、俺は強くなる為に必死になった。
勉学と身体の鍛錬と、できることは何でもやった。
強くなって、いつか三河国を取り戻す。
今度こそ、領民や家臣達を守ってみせる。
そして……信長様と一緒に、信長様が目指すものを見るんだ。
信長様は、時折、寺にやってきては俺を外に連れ出してくれた。
遠出をして、熱田や津島の港にも行き、その賑わいと織田家の財力を目の当たりにした。
信長様が人質である俺を勝手に連れ出していたことで、父親の信秀様から不興を買っていた、と後に織田家の家臣から知らされて、申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、信長様は一言、『気にするな』と言っただけだった。
尾張国で頑張っていれば、いつか三河へ戻れる日が来る、そう思っていた矢先、またもや俺は運命に翻弄されるのだ。
今川家が織田家に提案した、人質交換。
今川家に捕らえられた信長様の腹ちがいの兄上と、俺を交換するという話に、織田家が了承したのだ。
信長様は、父上様のお怒りを買うのも厭わず、最後まで反対してくれたそうだ。
悔しかった…自分の知らぬところで自分の運命が決められて、それに抗う術もないことが。
織田家が了承すると、双方の話し合いはとんとん拍子に進み、周りがどんどん準備を進めていく。
あっという間に出立の準備も終わり、明日はいよいよ尾張を出る日だった。
俺は朝から勉強も鍛錬も手に付かず、何をするでもなく、ぼんやりとしていて……気がついたら、あの木の下に来ていた。
ふらふらと腰を下ろすと、色々な思いが込み上げてきて目頭が熱くなってきた。
すん、っとひとつ鼻を啜ると、
「……泣いているのか?」
頭上から、聞き慣れた低くて静かな声
「っ…泣いてませんっ」
涙を堪えて、キッと睨むと…予想に反して、そこにはひどく穏やかな顔の信長様がいた。全て包み込むような優しい顔。
「出立の支度は済んだのか?明日は朝早いのだろう?」
隣に腰を下ろしながら、これまた優しい声音で問われると、何だか素直になれなくて、つい無愛想に返してしまう。
「……別に。俺がいなくても周りが勝手に準備してる。俺の意思なんてお構いなしに、どんどん決まっていくんだ」