第45章 追憶〜家康編
「っ…誰だぁ、ふざけた真似しやがるのは…」
怒り狂う男達が頭上を見上げると、それを嘲笑うかのように、高い樹上から黒い人影が軽々と飛び降りた。
俺の前に仁王立ちしたその人は……
鍛えられた逞しい体躯
半袴から突き出た筋肉質な足
双肌脱ぎのその肌は日に焼けて褐色に近い
ボサボサに伸びた髪は、派手な組紐で無造作に束ねられており、腰に巻いた荒縄に、これまた派手な朱鞘の大太刀が差し込まれている。
手には食べかけの柿…こちらは熟れて美味そうだ。
なんというか……獣のような男だった。
「ひっ、吉法師様っ」
「貴様ら、子供をからかう暇があるのなら、俺と一戦交えるか?ちょうど退屈していたところだ」
「お、お許しを…お許し下さいっ」
男達は後ずさり、その場からそそくさと離れようとする。
「……おい、待て。それは置いていけ」
そう冷たく言い放つと、食べかけの柿を男の腕めがけて投げつける。見事に的中し、男は俺の脇差を放り出して仲間とともに逃げ去っていった。
茫然と立ち尽くす俺に、その人は拾った脇差を無言で差し出してくる。
意思の強そうな深紅の瞳が俺を品定めするかのように、じっと見つめている。
「あ、ありがとうございます…あの…」
「言いたいことは、我慢せず言え。黙っていては、虐げられるだけだぞ」
「っ…でも、俺は…」
「人質だろうと関係ない。それとも貴様は一生、人の下で這いつくばって生きていくつもりか?」
冷たい物言いに、胸の内がかっと熱くなって、思わずその人に飛び掛かるが、呆気なくいなされて、気が付いたら土の上に転がされていた。
「くっ……」
悔しさと情けなさで、目に涙が滲み出す。
「悔しいか?悔しければ、強くなれ。身体を鍛え、心を鍛え、誰よりも強くなれ」
大きな手がぽんぽんと頭を撫でてきて……驚いて顔を上げると、その人は口の端を少し上げて、ふっと笑った。
俺はその日、人質になって初めて……最初で最後、声をあげて泣いたんだ。