第44章 生命(いのち)
信長が朱里を案じて部屋の前で一人待っている間にも、女中達が忙しなく出たり入ったりしている。
皆、城主である信長がこのような処にいることに戸惑っているようで、遠慮がちに通り過ぎていく。
(皆に気を遣わせているのは分かっているが……これだけは譲れん。城主の威厳が、などと秀吉にはまた叱言を言われるだろうが…)
どのぐらいそうして待っていたのか、部屋の中から、朱里の一際大きく苦しむ声が聞こえて……
「……ぎゃあ…おぎゃあ…おぎゃあ…」
部屋の外にまで聞こえる、力いっぱい泣く赤子の声に、一瞬、頭が働かず、すぐに事態を飲み込めない。
(っ…産まれたのか…?)
騒ぐ鼓動を抑えていると、スッと襖が開いて千代が姿を現す。その目元は少し赤く、涙が滲んでいるようだった。
「信長様っ、お産まれになりました!お可愛らしい姫君様でございますっ!」
「っ…朱里は?大丈夫なのか?」
「はいっ、姫様もお健やかでございます。長丁場でしたので、かなりお疲れのご様子ですが…」
「二人には会えるのか?」
「はいっ、今少しお待ち下さい。浄めが済みましたら、お会い頂けますので」
それからさほど時間もかからない内に、準備ができたから、と千代が室内へと誘ってくれる。
部屋の中には褥が敷いてあり、新しい白い夜着に着替えた朱里が横たわっており、その傍らの小さな布団の上には、すやすやと穏やかに眠る小さな赤子の姿。
「信長様っ…」
俺を見てふわりと微笑む朱里。その顔にはやはり疲労の色が見られ、前髪が汗で濡れている。
だが、その疲れた様子とは逆に、大役を終えた誇らしさからきているのか、口もとには笑みが浮かんでいる。
傍に寄って、布団の中から伸びてくる手をぎゅっと握り締める。
「朱里っ、よく頑張ったな!礼を言う…俺を父親にしてくれて」
今すぐ抱き締めてやりたい。この華奢な身体で、あんなにも苦しそうにしながら自分の子を産んでくれた、そう思うと堪らなく愛しい。
満たされた気持ちで、隣で眠る我が子を見る。
「赤いな」
「赤子ですから」
「しわしわしてるな」
「お腹の中から出たばかりですから」
「……可愛いな」
「はい…とっても…」
二人で目を見合わせて、ふふふっと笑い合う。
赤子は目を閉じて眠り続けている。
この可愛い目が開くところを早く見てみたいものだ。