第44章 生命(いのち)
わいわいと盛り上がる広間を出た信長は、産室へ続く廊下の方へと足を向ける。
(あのままじっと待ってなどおられん。中に入れずとも、外で待つぐらいは………)
部屋へ近づくにつれ、俄かに周囲が騒がしくなってくる。
湯を入れた桶を持ってバタバタと走る女中を掴まえて様子を聞くが、『まだお産まれではございません』と申し訳なさそうに言われる。
部屋の中からは朱里の苦しそうな声が聞こえている。
「あ"っあ"あ"ぁ〜いやぁ〜」
「姫様っ、もう少しですよ!さぁ、もう一度いきんでっ!」
「あ"ぅ…あ"あ"あ"ぁ〜もう無理ぃ〜」
「朱里っ!大丈夫か?」
あまりの激しい苦悶の声に、思わず声をかけてしまうと……襖がスパンっと開いて、中から怖い顔をした千代が現れた。
「信長様っ!広間でお待ち下さいと何度も申し上げております!姫様の気が散りますので…」
「っ…外で待つぐらい、いいではないか…心配なのだ」
憂いを帯びたその瞳は不安そうに揺れている。いつもの自信に満ちた姿からは程遠い信長の様子に、千代は戸惑いを隠せない。
姫様が心からお慕いされているお方。
けれど普段の信長様は威厳たっぷりで、恐ろしくて自分から話しかけることは滅多にない。
それなのに……今はこのように頼りなげでいらっしゃる。
姫様のことを本当に大事に思ってくださっているのだと思うと、胸が熱くなるが………
「……お声はおかけにならないで下さいませ」
それだけ言うと深々と頭を下げて、静かに襖を閉める。
千代が奥へと下がった後、信長は部屋の前にふらりと腰を下ろす。
相変わらず、朱里の苦しげな声は続いている。
その声は、聞いたこともないような乱れたもので、普段の朱里からは考えられないものだった。
(子を産むとは、こんなにも大変なことだったのか…)
産婆の言うとおり、男は何もできん…それでも、ただ傍にいたいと願うのは、俺の我が儘なのだろうか…