第44章 生命(いのち)
広間では、上座で苛々とした表情で、右に左に行ったり来たりしている信長を、集まった武将たちがはらはらと見守っていた。
朱里が産室に入ってから既に一刻ほど経っており、その間、信長はずっとこの調子で落ち着きなく、見守る武将たちも気が気ではなかった。
「っ…まだか?まだ何の報せもないのか?…やはり、ちょっと見に行って…」
入り口へと足を向ける信長を、傍に控えていた秀吉が慌てて引き留める。
「お、御館様っ、ダメですよ!また追い返されますよ?」
先程から何度も同じやり取りを繰り返している。御館様のお気持ちも分からないではないが……そろそろ落ち着いて欲しい、と秀吉は秘かに胸の内で溜め息を吐いていた。
「しかし…時間がかかり過ぎではないのか?先程見に行った時は、随分と苦しそうな声が聞こえたぞ!」
「初めてのお産ですからね…時間はかかると思いますよ」
冷静に言い放つ家康を、信長は横目でジロリと睨む。
(こんな険しい顔の御館様見たら、家臣どもは卒倒するな、きっと)
信長の苛々がいつ爆発するかと思い、冷や冷やしながらも、秀吉もまた心中では、妹のように思う朱里が心配でならなかった。
「御館様、じっとしていても落ち着きませんから、皆で何か話でもしながら待っては如何ですか?」
三成が無邪気な笑顔で言うのにも、信長の表情は冴えない。
「話…とは?」
「そうですね…例えば御子のご性別について、とか?」
「男か女か、ってことか〜?それは俺も興味あるな」
政宗が面白そうに言う。
「待て、畏れ多くも御館様の御子のご性別を、そんなに軽々しく言うな」
「秀吉は相変わらず堅いよなぁ〜。俺は、朱里に似た姫だと可愛いと思うけどなぁ」
「それは勿論可愛いに決まってる!だが、御館様に似た若君もきっと凛々しいに違いないぞ!いや待て…御館様に似た姫もなかなか…御館様が天女の扮装をされた姿は、まさに絶世の美女だったからなぁ……」
遠い目をしてうっとりとする秀吉を、家康、政宗、光秀が若干白い目で見ているのを、三成がニコニコしながら見ている。
そんな緊張感に欠ける光景を見ながら、信長は、はぁっと大きな溜め息を吐いて部屋から出て行こうとする。
「どちらへ?御館様」
光秀がニヤニヤしながら聞いてくるのを、苦々しく思いながら、
「………厠だ」
「ふっ…では、ごゆっくりなされませ」