第44章 生命(いのち)
信長様は、本丸御殿の中に産室として用意されていた部屋に私を運ぶと、褥の上に優しく降ろしてくれた。
「朱里、家康と産婆が来るまで、しばし待て。どこが痛いのだ?」
信長様の大きな手が私の腰を優しく摩ってくれる。痛みは相変わらず断続的に襲ってきていて、少しも楽にならないけれど…信長様の気遣いが嬉しかった。
どれぐらいそうしていたのだろうか……
廊下をバタバタと走る音がして、襖がスパンっと開けられる。
「朱里っ!」「姫様っ!」
「っ…家康、千代も…」
部屋の入り口には息を切らした家康と千代、そしてその後ろには産婆さんの姿。
家康はすぐに診察をしてくれて、それから産婆さんと何か話をしていて……その間、信長様はずっと私の手を握ってくれていた。
(ずっとこうしていたい。信長様が傍にいて下さったら、すごく安心する………でも…)
やがて、話が終わった産婆さんが信長様に言う。
「さぁ、殿方はこの部屋から出ていって下さいませ」
「……何だと?傍に居ってはいかんのか?」
「殿方の産室への立ち入りは禁じられております。お産は女子の戦にございます。殿方ができることは何もございません!」
「なっ…しかし…」
「さぁ、お早く!」
さぁさぁ、と促す産婆さんと言い合いになる信長様。
段々と眉間に皺が寄ってきて苛々しておられるのが分かる。
家康も、信長様の気持ちが分かる手前、強くは言い出せないみたいだ。
「…信長様、大丈夫です。私、頑張りますから…待っていて下さいね」
痛みを我慢して精一杯の笑顔で信長様の手を握ると、すぐに強く握り返してくれる。それだけですごく安心できた。
それでもまだ心配そうな顔の信長様は、産婆さんに追い立てられるようにして、渋々部屋を出ていかれた。
(信長様、ごめんなさい。私も本当は傍にいて欲しい。痛いし、怖いし、不安だけど……でもこれは私が頑張らないといけないことだから……だから、待っていて下さい…)