第43章 決戦
私達は、すぐに光秀さんが寄越してくれた小早船に引き揚げられた。二人ともずぶ濡れで、水を吸った着物の重みが今になって身体にずしりとのしかかってくる。
それでも、漸く信長様のもとに帰れたという安心感で心は満たされていた。
「っ…朱里、身体は…大事ないのか?」
信長様の紅い瞳が心配そうに不安定に揺れながら、私の全身を確認するかのように行き来している。
「大丈夫です。お腹も…痛くないし。ごめんなさい、心配ばかりかけて……」
「貴様と腹の子が無事なら、それでよい」
信長様の手が私の方へと伸ばされ、私の存在を確かめるかのように指先が頬を大事そうに撫でていく感触を感じる。
その節くれだった手に、包み込むように自身の手を重ね合わせて信長様の瞳を見つめると、堪えきれないというかのように、いきなり強く抱き竦められた。
「っ…信長様??」
「……朱里…朱里っ!…」
苦しいぐらいに強く抱き締めながら、何度も何度も私の名を呼ぶ信長様の常と違う様子に戸惑いつつも、それ程までに心配させてしまっていたのかと、申し訳なさで胸がツキンと痛んだ。
小早船からガレオン船の甲板に上がった頃には、周囲の戦闘もほぼ決着がついており、毛利の船団は大半が海の藻屑となり、生き残った船は既に撤退を始めていた。元就さんの乗った小早船もいつの間にか姿を消しており、信長様は追撃を命じることはなさらなかった。
「御館様、城攻めの方も勝敗が決したようですな」
光秀さんが見つめる先に視線を移すと、水平線の先の陸の方で赤色の狼煙が上がっているのが薄ら確認できた。
「こちらも狼煙を上げよ、光秀。ここは引き上げて、政宗たちに合流するぞ」
「はっ!」
「朱里、貴様は船室で身体を拭け。濡れたままでは風邪を引く」
そう言うと、信長様は私を抱き上げて、もう歩き始めていた。
「…や…信長様…歩けますから…降ろして…」
船上には織田家の家臣や異国の水夫たちも多数いて、信長様と私の様子を気にしているのか、チラチラとこちらに視線を投げかけていて……嬉しいけれど、恥ずかしかったのだ。
「駄目だ、大人しくしておれ。…光秀、しばし外す、後を頼む」
「承知致しました…ごゆっくりどうぞ、御館様…」
意味深に微笑む光秀さんに見送られて、私を抱いた信長様は船室へ向かって歩いて行った。