第43章 決戦
傷を負った元就さんに、引き摺られるようにして小早船に乗せられた私は、事態の急速な変化についていけず混乱する頭を抱えて必死に信長様の姿を探していた。
(ようやく会えたのに…信長様っ…)
「っ…くぅ…」
私の背後で元就さんの苦しそうな呻き声が聞こえ、ハッとする。
「っ…元就さん、ひどい傷…これで傷口を押さえて。血を止めないと…」
懐から手拭いを取り出して手渡す私を見て、元就さんは呆れたように乾いた笑い声をあげる。
「ふっ…お姫さんは心底お人好しだな…敵にまで優しいのかよ…」
銃口を突き付けながらも壊れものを扱うように優しく触れられて、戸惑いを隠せない。
(…元就さんは根っからの悪い人ではないのかもしれない…話し合えば分かり合えるかもしれない。っ…でも、今はそんな余裕はない。私は……何としても信長様のお傍に行かなくちゃ…)
小早船は、私と元就さんを乗せてその場を離れようとしていた。少しずつ信長様と距離が開いていくことに焦りを覚えた私は、ある覚悟を決める。
(今ならまだ…この距離なら…何とか…。
心配なのは…一つだけ…)
そっと着物の上からお腹に手を当てる。
(………ごめんね、少しだけ…我慢してね…)
「っ…元就さん…ごめんなさい…」
小さく一言だけ告げると、緩んでいた元就さんの腕を振り払い……私は、そのまま海に飛び込んだ。
「っ…お姫さんっ!」
覚悟はしていたけれど、海水の冷たさと着ている着物の重みで一瞬怯みそうになるが、異国船の上に見える信長様のお姿を確認して気持ちを持ち直し、ゆっくりと手足を動かして泳ぎ出す。
相模国で育った私は、子供の頃から海が好きで泳ぎも得意だった。大人になった今でも、この距離なら泳げる自信があった。
(絶対に信長様のところへ帰るんだからっ)
「っ…朱里っ!」
愛しい人が自分の名前を呼ぶ声を聞いて顔を上げると、信長様が光秀さんの静止を振りきり、甲冑姿のまま海に飛び込むのが見えた。
(っ…信長様っ??)
甲冑の重さを物ともせず、見事な泳ぎで、あっという間に私を捉えた信長様は、水中にも関わらず、ぎゅっと強く抱き締めて下さった。
「っ…このたわけっ!何という無茶を……」
「信長様っ!」
この世で一番愛しい人の腕の中に包まれて、私の心は海水の冷たさなんて気にならないぐらい暖かく満たされていった。