第42章 甘い誘惑
秀吉は、立ち上がった信長の行く手を遮るように立ち塞がって、その場で再び平伏する。
「っ…秀吉っ!そこを退けっ」
「くっ…退きませぬっ。御館様の御命令でも、それだけは聞けませんっ!」
「っ…くっ…貴様っ」
その時……鬼気迫る様子の二人を遮るように、小姓が慌てた様子で広間に飛び込んできた。
「申し上げます! 吉田郡山城にて謀叛!織田方の目付はことごとく惨殺され、城は毛利の手に落ちた、と。
期を同じくして、四国の長宗我部家も挙兵!既に瀬戸内の海上を封鎖している模様!」
広間にざわめきが起き、武将達の間にも動揺が広がる。
「なっ…毛利だけじゃなく、長宗我部もだと?」
「この時期に同時にとは…不自然ですね。これもやはり、元就の謀り事でしょうか?」
「信長様、どうしますか?今、堺へ向かっても長宗我部に海上を封鎖されていては、九鬼水軍でも易々とは進めませんよ」
「御館様…」
皆の視線が集まる中、微動だにしない信長の様子が気になって、秀吉が恐る恐る顔を上げると……
信長は、秀吉がこれまでに見たことがないような冷酷な光を深紅の瞳に宿し、感情を全て消し去った能面の様な顔でじっと前を見据えていた。
「っ…御館様…?」
「くくっ…元就め、やってくれるわ。長宗我部を引っ張り出すとは……面白いっ。天下布武の邪魔をする者は、誰であろうと排除するのみ。
三成、策を練るぞ。地上と海上、双方から奴等を叩く!」
「はっ!」
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軍議が終わり、毛利、長宗我部連合軍への一通りの対応が決まった後、武将達は其々の役割へと動き出す。
広間を出て天主へ戻る為、歩き出した信長は、廊下の先で待ち構える光秀の姿を見つける。
「……どうした?」
「御館様、これを…」
光秀が差し出した袱紗包を受け取って広げると…
「っ…これはっ…」
包みの中身は、紫水晶の耳飾りと一房の艶やかな黒髪…
「先ほど城へ届けられたそうです……その袱紗に入った家紋、ご覧下さい」
「『一文字三ツ星』……くっ…やはり元就か」
「早急に元就の所在を突き止めます。異国船の中か、もしくは既に吉田郡山城に入っているか……おそらく朱里も一緒かと…」
「……任せる。どの様な手を使っても構わん。必ず見つけ出せ」
「はっ!」