第42章 甘い誘惑
「……俺のことは後でじっくり教えてやるよ。…それにしても、『魔王の寵妃』がこんな華奢で可愛らしいお姫さんだとは思わなかったぜ。さぞかし羅刹みたいな恐ろしい女だと思ってたのによ…調子狂うぜ」
上から下まで品定めするかの如く舐めるような目付きで見下ろされて、恐怖と嫌悪感で背筋に悪寒が走る。
(この人、私を信長様の妻だと知っている。ただの商人ではない)
心の内の恐怖心を悟られまいと、必死に目に力を込めてキッと相手を睨み付ける。
「…顔に似合わず、気の強そうな目付きだな。強い女は嫌いじゃないが…しばらく大人しくしててもらうぜ」
言うや否や、口元に何か布のようなものを強く押し当てられて……逃れようと身を捩る私の動きは次第に緩慢になり、やがて意識は深い深い闇の中へと落ちていった。
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ザザァー パシャンッ ザザァー
(……ん…何の音? 頭が…身体が…揺れる…)
霧がかかったようにぼんやりとした頭の中で、段々と思考が浮上してくる。
(ここ…どこだろう?)
ゆっくりと身体を起こしてみる。私はどうやら寝台の上で柔らかな布団に寝かされているようだった。
(っ…そうだ、私、城下で…何か布のようなもので口を押さえられて…あれは、何かの薬?)
そこまで思い出して、はっとして思わずお腹を押さえる。
(あれは眠り薬?っ…この子の負担になるような強い薬だったら、どうしよう??)
薬のせいか頭がズキズキと痛む。
辺りを見回すと、部屋の中は椅子やテーブルといった異国風の調度類で整えられており、出入り口も襖ではなくドアだった。試しに取っ手を廻してみたが、予想通りドアには鍵が掛かっている。
(南蛮寺で見た異国の部屋の作りと似ている。ここは一体…?)
(あの男、何者なの?…千代はどこだろう?無事だろうか…)
その時、ドアの向こう側からコツコツという足音が聞こえてきた。
足音は段々と大きくなり、やがてドアの前で止まると、カチャカチャと鍵を開ける音がする。
薬のせいでふらつく身体を支えて立ち上がると、着物の上から懐剣を押さえながら、ドアが開くのを待った。
ドアを開けて入ってきたのは………あの男だった。